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               EP1CP4−1



彼は心底思った。

毎度碌な目にあわないとは思うが、今回自分に課せられた「役目」は、特に厄介すぎると。





黒い翼を持つ女神の夢。

GATEから飛び立つ際にこの世界で何を成す必要があるのか、具体的な指示内容の記載はなかった。

そして先日、この世界の存在である女神が夢を通じて語り掛けてくるなど、わざわざそんな形で事象介入の開始・内容を受けた。

まるで、物語の序章にでも綴られるような始まりの知らせ。

それが示す事を、なんとなく理解はしていた。

同じようにその女神から夢の啓示を受け、旅立った存在がこの世界にいたのだろう。

自分はその「代わり」にあてられたらしい。

その必要があると考えられる理由は経験からも複数ある。

本来、それを成すはずだった者が病や怪我等によって重要な事象を満たす前に死去していたり、存命していても遂行不可となっている場合。

そして・・・







やっと一息つける。

そう思いたいところだろうに彼は、素直に気持ちを切り替えられなかった。

ただ隣の街へいくだけで多数の「妨害」を受け、気配察知の為気を張り続けたのと不眠による寝不足を含めた疲労の蓄積。

本当なら自らの手を引いて前を歩く相手の言う通り先に宿を確保して、今日はそのままベッドに倒れこんでしまいたかっただろう。

それでもこの世界に降り立つ際に受けた付随行動(サブオーダー)の一つ、「事象介入開始となる日の翌日中までに南へ位置する次の街へ到着しなければならない」という内容。

理由無く行動しか示されないその内容に、何を意味するのか引っかかっていたのだが、大通りから外れ人の流れもまばらな道にはいってしばらく。

ヒュ、と空をきる音と共に頭部へ向かって飛来してきた何かを振り向きざまに左手で掴み、中断させられた。

突然足を止めたウェルスに、エルニアと精神体で肩に乗っていたミネルが左手にこぶし大の石を手に後ろを向いているその姿に驚く。



「おー、お見事!」



手にしていた石を落としたウェルスの視線の先から、パチパチとわざとらしく手を鳴らし歩み寄ってくる男。

背丈はウェルスと同じくらいだろうか。

肩まで伸ばした長めな銀色の髪を揺らし、紺を基調とした服の上へ傷の無い白金色の鎧。

そしてその背には、ミネルとは異なる意匠の柄を持つ大剣が見える。

「え、カザキ?!」

その男に覚えがあるらしい、エルニアが目を見開きながら名を口にする。

エルニアの様子に歩みを止め、あきれたかの様子で肩をすくめた。

「そんな驚くことないだろ?驚いたのはこっちのほうだっての。女神に選ばれた英雄であるこの俺の誘いを断ってあの村にまだ引きこもってるかと思ってたのに、この街で見かけた時には目を疑ったぞ」

「む、別に引きこもってたわけじゃないんだけど。しかもまた自分の事英雄とか適当な事言ってるしこのミレシアンは・・・」

溜息をつきつつ、あまり関わりたくないのかウェルスの背後側へ下がりつつジト目を向けるエルニア。

壁替わりに使われているような気がしないでもないが、ウェルスはそれよりもカザキと呼ばれた男の言葉、その中に引っかかる単語があり目を細める。

(女神に選ばれた・・・?)

「適当?!なーに言ってんだ。二ホンでトラックに・・・んん!!二ホンから不思議っ娘の手で異世界に召喚!余程の事がない限り死なない体をゲット!そして囚われの女神から助けてくれという啓示!これはもう伝説級の活躍する英雄ロードフラグで決まりだろ!」

ハハハハ!と通りのど真ん中で声を上げる男の姿に、奇怪な物を見る目で一瞬見た通行人ががいたが関わりたくないと思うのだろう、そそくさと脇を通り抜けさっていった。

道端で騎士の真似事をしていた子どもも、離れた所から走ってきた親に「見てはいけません」と連れられ、手にしていた木刀を落としながら路地から出ていく。

その光景に、エルニアは頭に手を当てて項垂れる。

「・・・大丈夫か?」

「うん、大丈夫。たまにいるんだよね・・・ティルコネイルの方に降り立ってきたミレシアンにも何割かが、現れるなり俺は選ばれたー!とか叫びだしたり、自分勝手な事を言いながら人に迷惑をかけるのが。特にこいつなんてひどい方で、大して何かやった訳でもないのに英雄なんて自称してる上に、村長が好意で渡した剣には難癖つけるし、他の人が学校を勧めた時には鼻で笑って馬鹿にしていたし、他にも色々あるけど途中は省略するとしてわたしが嫌と言ってるのに旅についてこいなんてしつこく迫ってきた事もあるし」

「そういえば何人かに誘われた事があったけど断ったと言っていたな。それで」

「あんまりしつこいから、一発はたいてライトニングボルトで黒焦げにしてやったら、なんかぶつぶついいながらどこかに消えてった。それっきり」

腰のワンドに目をやるエルニアに、びくつき笑い声が止まるカザキ。

「いくらミレシアンが死なないからってひどくね?!大体ああいうときは最初の仲間展開だろ普通!」

全然変わってない、と背後の方で零し見るからにテンションが下がっていく様子に、ウェルスは心底同情した。

それというのも、数えきれない世界を渡る中、何故か特定の世界近辺の同じ名前の国から転移、もしくは転生してくる者を見た事がいくらかあり、似たような目にあった事があるからなのだが。

「災難だったなエル・・・」

その際の事を思い出した複雑そうな顔をしているウェルスに、それを感じたらしいエルニアがまだ握ったままだった手を苦笑しながら軽く持ち上げる。

「だー!しかもそんなに慣れなれしく!なんで俺の誘いは断ったくせにそんなやつと一緒に?!」

それがなにか余計な火をつけたらしい。

眉をピクピクと歪ませながらウェルスへ向けて指さすカザキ。

「そんなやつって何、ウェルスの方が余程信用出来る人だよ。口先だけの人と違って」

「口先だけって・・・それじゃなにか?そいつが囚われの女神を助けに行くからついてこいって言ったら二つ返事でOKかよ」

多分これから自分がしなければならないことがそんな感じになるんだろうけどな、と思いつつこれからの事を今日にでも伝えなければと思っていたウェルスはエルニアの返事が気になった。

もしこれで冗談じゃない、とでも言われればどうしたものか、と。

しかし。

(大丈夫だよ)

頭の中で響いた声に肩へ目を向けると、ミネルが頬に手を当ててニコリと笑みを浮かべた。

「うん、わたしがパートナーって決めた相手だもの。なんなら異世界の魔王を倒しに行くって話でも信じるし、望んでくれるなら行くよ?」

まるで当たり前かのようにはっきりと顔に出しながらそう言うエルニアの言葉に、どう言葉にしたらいいかわからないがとりあえず大部分が安心とくすぐったいような感じの混ざった物を感じた。

対し、茫然とした表情でかくっと指さしていた手が下を向くカザキ。

「はぁ?!そんな目つきも悪いつまんなさそーで弱そうなやつと一緒にか?!」

いきなり人に向かって石を投げつけてくるわ、色々言いたい放題と碌な男じゃないな、と思うウェルス。

正直疲れと眠気の方が勝っているし、目つきだとかつまんなさそうだとかいう自分に対する言葉はもうどうでも良かったのでエルニア達を連れてさっさと離れたい所。

しかしこのお調子者としか形容できない男に、気になる点がある。

自らがこの世界での行動を開始するある意味合図でもあった黒翼の女神の夢、啓示だ。

「話の腰を折って悪いが、カザキといったか。お前さっき女神からの啓示を受けたと言っていたな」

悪い、とエルニアに断りをいれゆっくりと手を放しながら向き直る。

あまり想定したくない仮説を頭に思い浮かべながら。

「ん?ああ!だからさっきから言ってるように俺は女神からの啓示をなぁ・・・」

「鎖に縛られた黒い翼の女神が、〔ティルナノイが破壊されようとしていると告げてきた夢〕は、いつ見た」

「な、に・・・?」

ウェルスの言葉に、目を見開き固まる。

その姿に、抱えていた疑問がすっと流れるように解けた。

「女神は自分を助けてくれと直接伝えてきたんじゃない。ティルナノイが破壊されようとしている。だからこっちに来てくれ、という内容だったんじゃないのか」

「なんで、お前がそれを知って?!」

そう、あの事象介入開始を示す女神の夢。

はっきりと覚えているが、あの女神は「自分を助けろ」などと、一言も言っていない。

もし彼が思い至った仮説が外れだったなら、この問いはただ笑い飛ばされただろう。

しかし、カザキの態度が正解を示していた。

「エル、こいつが村から出たのはいつ頃だ?」

「えっと・・・二か月くらい?」

「・・・合点がいった」

確かに仮説は正解だったらしい。

しかし解けた疑問の代わりに、彼にとってさらに精神的な疲れと苛立ちを与えることになっていた。





まるで、誰かの物語を辿るかのような事象介入開始の知らせ。

この場合は大抵、何らかの理由により事を成すはずだった者が様々な理由から該当する時間に存在しない状態となっている為に、その「代役」としてあてられる事が多い。

その上でこの世界へ降り立つ際指定された内容の一つ。

時が来れば、早急にこれから降り立つ村の南へ位置する街へ向かえという。

猶予は該当日の翌日まで。

規模は小さいとはいえ、あの村にも学校や聖堂があるのだから、夢に出てきた女神、そしてティルナノイという場所について何かしら調べられたはずだ。

だがその間もなく、旅立たせる事を強要された。

何故その必要があるのか。

そして今日この日。

ウェルスが見た夢と同じものを見たらしい、「この世界で事を成すはずの存在が、自らが何をすべきか分かっていて五体満足で今目の前にいる」。




これが、何らかの理由があって精神的に病んでしまっているとかなら、それはまた代わりとして当てられるのも仕方ないことだろう。

何万もの世界を渡り歩いてきた中で彼も、それこそ耐え難い様々な苦痛を知っているからこそ、戦いから逃げたくなる気持ちもわかる。

そんな相手にまで軽蔑の目を向けたりしない。

だが、目の前にいる男は、剣を背負い、鎧を纏い、自らが女神に選ばれた英雄と豪語し、人を見下しておきながら。



―この男は何も、成さない。動こうとさえしていない



そうして、「事」が迫っている危機的状況にやむなく「代役」の要請があった、という所だろう。



「エル・・・俺がこの世界に来ることになった理由。ずっと引っかかっていた不明部分もあったんだがそれが分かった」

「ウェルス?」

男の方を見たまま、目つきを鋭くするウェルス。

「俺は最初、この世界に降りたあとあの村で指示を受けるまで待機しろという事と、他のいくつかの指示以外具体的にこの世界で何をしなければならないのか知らされていなかった。そしてあの日の前の晩、鎖でしばられている黒い翼を持った女神から、ティルナノイが破壊されようとしている。こっちの世界へ来てほしいという内容を夢を通じて受け取った。こいつが同じ女神の啓示を受けたのは本当なんだろうが、このままでは不可能と判断された。だからその代わりとして呼ばれたらしい」

「黒い翼の女神・・・モリアンの事?」

「はぁ?!代わりってなんだよ!!」

エルニアの言葉を遮るように声を荒げるカザキ。

「囚われの女神のとこへいくってくらいだぞ!それなりのイベントと展開がある物だろ?!伝説の剣入手とか凄腕の仲間参入とか!!なのにあの村長はまともな剣もくれねーし役に立ちそうな仲間も全っ然こねーし!!エルニアは最初のスタート地点で会ったやつだし弱いのは仕方ないと思ってやったのに拒否しやがるし・・・お前だって結局精霊付きといっても柄の色もくすんだようなボロ剣しか持ってないし鎧もねぇじゃねーか!」



「ふざけんな!!!」



路地に響き渡る声。

それは、この世界に降り立った後彼を見ていたエルニアにとって、はじめて聞いた怒りの籠った声だった。

「なんだ、ケンカか?」

その声に後ろを振り返るエルニア。

大通りを曲がってこようとしたらしい冒険者が立っていたが、その場の様子に遠回りを選んだらしく通り過ぎていった。

「英雄、英雄って〔くだらない〕事を言いながら中身もそんなもんか。その上・・・」



見知らない相手だというのに、こんなやつも前に来ていたにも関わらず迎え入れて色々教えてくれた村の人たち。

こんなやつだというのに、手を取って隣を歩いてくれた人。

自分は作り物で、壊れかけな存在だというのに、それを知っても手元に在りたいと言ってくれた剣の精霊。




「俺に〔時間〕と〔温かさ〕をくれた人達の事を馬鹿にしたか・・・!!」



先程の怒声よりいくらも抑えられた声。

だが、それに含まれた物に、カザキはたじろぎ、全身から汗が噴き出すのを感じていた。

「な、なんだってんだよ!いきなり現れてきて代わりとかあんな田舎村の連中がどーのとか!」

背の大剣を引き抜き、その切っ先をウェルスへと向ける。

「抜け!〔本物〕が俺っていう事見せてやるよ!!」

「ちょ、ちょっと?!いくらなんでも本物の剣でやりあうつもり?!」

「こいつもミレシアン、転移者ならどーせ死なないんだ!!!魔法、道具も一切無しで徹底的に教えてやるよ!!」

焦るエルニア。

カザキの持っている大剣は、村を訪れてきた他の冒険者が持っていた物で見かけた事があり、そこそこ上等なものらしい。

しかも鎧まで着込んでいるのだが、ウェルスは身に着けていない。

装備面だけじゃなく、ウェルスがあの出会った時の力と技はもう使えない事と、他のミレシアンとこの世界に来た経緯の違いを知っている。

もしもの時、彼が他のミレシアンと同じように死なないなんて保証は無いし本人に確かめてもいない。

そして先ほどの様子を見てもウェルスは調子が悪そうだった。

止めた方が。

そう思ってしまう。

「心配いらないよ、エルニア」

ウェルスの肩ですっと立ち上がったミネルの言葉に、そちらへ視線を向ける。

「ウェルスは強いから」

振り向いたその顔は、にこり、と笑みを浮かべながら何も疑っていないまっすぐな目をしていた。

昨晩出会ったばかりなのに、心底信頼しているかのように。

ふと浮かんだ心配さえ、取り除かれる程。

「いいか?」

「勿論!」

ウェルスの問いに答え、光球となって大剣と一体化する。

彼は先ほどまで感じていた眠気も、頭痛も、今はどうでもよかった。

                              EP1CP4−1終了





                    


管理人:ウェルス
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主な活動内容
・各種オンラインゲームプレイ
・2次創作系小説作成
・他、動画作成やら色々やりたいと
 思案中。

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