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               EP1CP4−2




容姿の事を言われるのは、どうだっていい。

力や能力の事を言われるのは、どうだっていい。

中身のない罵声を投げられるのは、どうだっていい。

一々反応したところで、「その時」が来ればそんな事を言われた事自体も、なかった事になるのだから。

自分の記憶にしか残らない。

なら流してしまうのが一番楽だ。



仮に一時、いらだちを感じてしまったとしてもそれが自分に向けられるものだったなら、奥歯を噛みしめるまでで耐えられただろう。

流して、それでも危害を加えようと向かって来るなら、ただ無感情のまま、うっとうしい物として払いのければいいだけ。

だが、「これ」には耐えられなかった。

自分がいくら望んでも「手に入らない」のに、目の前の男は望み、行動すれば結果がどうあれ「それが手に入る」所にいるというのに。

堰を超えた水のように、それこそ認識上の時間にすれば何千年、下手をすれば何万年分にもなるだろう間胸の中に押し込め続けている苦悩が上乗せされて暴れまわる。

いくら力を得ても、技を磨いても、戦っても、模索しても、走っても、手を伸ばしても、望んでも。

血を流しても、叫んでも、四肢をもがれても、臓腑を引き裂かれても、心臓を潰されても、死の恐怖を味わせられても、絶望を見せつけられても。

それでも、自分にはたった一つさえ「手に入らない」というのに。



なのに。

こんな自分に、温かな時間をくれた人たちの事を馬鹿にするというのか。



口の中に鉄の味が広がるのを感じたと同時。

カザキが振り下ろした大剣を、刀身を布で巻いたままのミネルで弾き上げていた。

甲高い音からわずかに遅れ、風が吹く。

「・・・え?」

先までの苛立ちの込められていた言葉と表情が一瞬にして冷めたと同時に漏れ出た、間の抜けた声。

弾きあげられた剣はしびれの走ったカザキの手から抜け、回転しながら宙へ舞っている。

何が起きたか理解し切れず、無意識のまま剣のあとを追うように視線を上げた時。

その顔へは固く握りしめた拳が打ち込まれていた。



背後から石畳へと倒れこむカザキと、遅れて石畳の地面へ甲高い音を立て音を鳴らす剣。

切れた口の中から染み出す鉄の味と、左頬に響く鈍痛。

一かけらさえ想定してなかった現状に、カザキは頭が追い付いていなかった。

自分より後からきたミレシアン。

スキルのランクも、装備も、圧倒的に自分の方が有利なはずと思っていた。

事実、この世界においてのミレシアンはこの世界に元からいる人達とは比較にならないはやさで、修練を重ねた技や魔法は段階的に威力も速さも増していく。

同類の武器を持った対人戦ならば、その力量差は特に現れやすい。

しかし今のは完全に見切られ、上段からの振り下ろしを防御するどころか真正面から弾かれた上での、本当ならそのまま斬り捨てられてもおかしくないカウンターだった。




それはカザキにとって納得できる事ではなかった。



「な、んなんだよそれ!!」


左頬を抑えながら上体を起こしキッと睨みつける。

だが、視線を向けた先にあるウェルスの目を見たカザキはより怒りを感じた。


何も言わず、ただカザキを見下ろすウェルスの顔に、エルニアには見覚えがあった。

彼が降り立った時、相対していた最後のガーゴイルに一度背を向けた時と同じ「どうでもいい」相手に向けた冷めきった物。



それは失望に近いものだったのだろうか。

鍔迫り合いどころか、弾きあいさえもない。

あれだけ言葉にしたわりに、あまりにも軽い剣に、先ほどの拳一発分で冷めてしまったと彼は感じていた。



―本当に、何故こんなやつには手に入るかもしれないのに、自分には手に入らないのだろうか。


浮かび上がるノイズまみれの景色。

瓦礫が散らばり、自信の叫びさえ打ち消す雨の中、血だらけの腕に抱きかかえた顔もノイズが走って見えない子ども。

そう、ずっと。

自分には手に入らない。



「お前・・・俺より何段階も上の能力をもらってきやがったな!!!」

そんな言葉に脳裏に浮かんだ景色は消え失せる。

傍に落ちていた剣を手に、ウェルスを睨み続けているが、そこには戸惑いが混じっている。

「お生憎様・・・他の勝手な都合のせいでこの世界に降り立った時は他のミレシアンと同等まで制限された。「俺自身の」持っているものは使えなくなっているしな」

「ふざけんな!!舐めプってやつか!!」

再び剣を振り上げ、斬りかかるカザキ。

それを今度はただ受け止める。

「人の話も聞かない奴だ。他の勝手な都合のせいって言ってるだろ。誰が好き好んで・・・」

淡々とそう口にするウェルス。

能力ならカザキの方が数段上回っているはずなのに、一切それ以上押し込まれることがない。

その現状が、よりカザキの苛立ちを与える。

(ふざけんな・・・何が代わりだ!!!・・・なら!)

鍔迫り合いの状態から立ち位置をかえ、離れる。

ちょうど、先ほどとはウェルスの反対側だ。

突然の行動の変化にウェルスは表情は変えないまま構えをとるが、その瞬間カザキは懐から取り出した小袋を、両者の間の石畳へ思いっきり叩きつける。

叩きつけられた勢いに袋の口を縛っていた細紐がちぎれ、中身の赤い粉状の物が舞いまるでそれを見計らかったかのように風が吹く。

細い路地、風下にあったウェルスは避ける間もなくそれを受けてしまう。

「ッ!」

目に強い刺激と焼くような熱さを感じよろめくウェルス。

吹いた風が強く、すぐさま舞った赤い粉も飛んで行ってしまったが、刺激が続いていて目も開けられない。

咄嗟に息を止めた為、呼吸のほうは問題なさそうだったが視界は完全に塞がれた状態。

―ウェルス!

頭に直接響く声に、大丈夫だと返す。

目だけでなく、顔など粉の触れた所がピリピリと痛む。

恐らく胡椒か何か香辛料の類。

彼がそんな小細工を受けたのははじめてではない。

が、今まで無風状態だったのにも関わらずあまりにもタイミングが良すぎると感じた。

(・・・風を読んだ?)

「ははどーだ?!何もみえないだろ!!!」

剣を両手に握り、煽る。

勝った。

その言葉を頭に浮かべたカザキは一気に間合いを詰め、剣を振り上げる。

しかしその煽りは、ウェルスを怒らせるどころか。

「くだらない・・・」

「・・・は?」

先程より、より失望したかのような声色。

一歩、大きく踏み込んだウェルスが左手を柄から離し、その柄の先をカザキの左頬に打ち込んでいた。

その間、刹那。

振り上げていた剣はその手からすっぽ抜け、カザキの体は宙に浮きながら一回転して仰向けに倒れた。

「・・・は?」

遅れて、自分の顔の真横に一度落ち、数度跳ねて離れたところに倒れる剣。

「・・・は?」

ズキリ、という先ほどとは比較にならない鈍痛がはしり、より腫れる左頬。

「・・・は、がああああああ?!こ、の、やろおおおおお!!同じところに二度もおおおお!!!」

痛みにのたうちまわるカザキ。

それを聞きながら斬る気も起きん・・・とぼそりと呟く声。

実際、ミネルの刀身に巻かれた布もそのまま。

視界を潰したにも関わらず、何故自分が地面を転げているのかと、考えようとしても頬の痛みにカザキはそれどころではない。

「こ、この・・・!!」

とにかく納得のいかない怒りのまま、上体を起こし震える手で、腰に下げていた採取用のナイフを取ろうとした。

しかし、傍に打ち込まれた青い雷にびくりと手を止め、反射的にその雷が走った元へと顔を向ける。

「そこまで。ズルまでして負けてるのに、みっともないよ」

ワンドを手に、その先をカザキに向けているエルニア。

その目は怒っているように見える。

「エルニア!てめなにすん・・・」

「次、当てるから」

ウェルスも聞いたことがない程、静かではあるが刺すような言葉に、カザキは思わず怯む。

黙ったままワンドの先を向けるエルニアに観念したらしく。

「くそっ!英雄ロードのお決まりのイベントは全っ然こない上になんだってんだよ本当に!!クソゲーかよ!!」

ナイフに伸ばそうとした手を下し、左頬を抑えながらぶつぶつと呟き顔を伏せるカザキ。

もう、立ち上がる様子も無くしたカザキに向かって数歩。

目の前で立ち止まり、剣を向ける事も無く見下ろすウェルス。

「お前の言う英雄って、何だ?」

冷めきった声だった。先ほどの呆れさえ入っていないような、淡々とした声。

「何・・・って、俺はこの世界に呼ばれて!何かしろってことは英雄になる流れの」

「自分がもといた世界から呼ばれたから、何だ。こことは別の世界で、異世界から呼ばれて頼まれたまま、それこそ一生懸命の言葉のままに行動して命をかけて戦ったが何も救えなかったやつもいる。異世界から呼ばれたからといい加減な事をして世界の滅亡を早めたやつもいる。そいつらは英雄なんて呼ばれてなんかない」

「そんなの、そいつらが弱かったから・・・!」

「ああ、力が無かった。思慮が無かった。そんなやつらはいくらでも見てきた。それで」

片膝をついてかわらない表情のまま覗き込む。

目が見えないはずなのに、今浮かべている表情も考えも見透かしているかのように。

「お前は今、この世界にあるどんな敵でも倒せる程強くて、どんな問題も解決できるほど思慮深いって、そういえるのか。今、そこに落ちている剣をまた取るでもなく腰のナイフを投げつけようと、自分で吹っ掛けた勝負を自分で言葉通りに投げ捨てようとした程度のお前が、「ここに生きている人たち」を馬鹿にするくらいに」

後ろへと顔を向けるウェルス。

それをカザキが視線で追うと、腰にワンドを戻したエルニアが真っすぐこちらを見ていた。

「お前も、この世界に来た時はあの村の人たちに温かく迎えられたんじゃないのか」

立ち上がり、背に剣を戻すウェルス。

それに目を向けないまま、カザキはウェルスとの間の地面へ視線を落とす。

「英雄になりたい、目指したいってのは人の勝手だ。本人にその気がなくてもその行動に人々からそう呼ばれる事もある。だが、自分から「自分は英雄」と名乗るやつはくだらないと思うしこう問いたくなる」

背に剣を戻したのが合図かのように、エルニアもウェルス達の方へと歩いてくる。

「お前の言う英雄は、どんな英雄だ。それを果たしていると胸を張って言っているのか、と。それでお前は、自分を迎えてくれた人達を蔑ろにして、まわりから自分の思い通りの流れが来なければ動きもしない。それがお前のいう英雄と、そう言えるのか」

ウェルスの言葉に、カザキは何も答えない。

答えに期待していたわけでもないウェルスはそれ以上何も言うことなく、傍まで来たエルニアに手を取られ、歩き出していった。





「悪い、エル・・・」

しばらく歩いた所で、エルニアに促され路地に放置されていた木箱の上に腰かけたウェルスが、水の入った瓶を手に目の前で立つエルニアに謝る。

「そんなの気にしなくていーから!」

そういいつつ、顔を横気味にさせられながらゆっくりと水をかけ洗い流していく。

「喉のほうは大丈夫?」

「ああ、咄嗟に息を止めた間に風ごと通り過ぎていったから吸い込んではいない。大丈夫だ」

「そっか・・・ありがとね」

水を灌ぐ手を止め、そう口にしたエルニアの言葉に何が、と見ようとするがまだ残る刺激に瞼を自力でよく開けられない。

「村の事で、カザキに怒ってくれた事。今は頻度は少なくなったけど、あの村にはよく新しく降り立ってきたミレシアンの人が来て、その度に皆が歓迎して。でもやっぱりカザキのような人が来た時は、悲しかったかな」

コト、と木箱の上に瓶を一度起き、建物に挟まれた空へと顔を上げるエルニア。

「どういうのかわかんないけど、何かゲーム?のキャラっぽいとか?よく言葉の意味はわからないけどここにいるわたしたちが何か人とは違うものみたいに見られたりとか。ウェルスは・・・最初あまりわたし達に関わろうとしてなかったけど、何か理由があるみたいに見えて」

ウェルスは、それに対して何も言えなかった。

この世界の外、GATEから見ればこの「今」も時の流れの一点、形でしかない。

でも、そこにいる人々が、この「今」を生きている、ここにいる事を彼は知っている。

もう、自分がそこにいたという事象がなくなってしまったとはいえ、あの世界に自分はいたのだから。


ただ、必要以上に人と関わろうとしないのは・・・


「だからわたし達のことで怒ってくれて、そういう対象として見てくれて嬉しかった」

「俺、は・・・」

かすかに瞼をあけ、ぼやけた視界にエルニアを見ようとするがエルニアは慌てた様子でまだ無理に開かないように言いながら手で覆った。


それからしばらく、水で数度洗い流し大分痛みが引いたところで、宿屋の前にこの街のヒーラーの所へ行こうとエルニアが半ば強引に連れて行こうとする。

少し休めば大丈夫というウェルスの言葉を却下しつつ。

「ほら、つかまって?」

どこでいつの間に手にとっていたのか、街の案内図の紙を片手に、ウェルスの手を取るエルニア。

そこまでされて断るわけにもいかないだろう。

「悪い・・・」

くす、と笑い声が聞こえ、不思議に思い目は開けないままだが顔をエルニアの方に向ける。

「ひとつアドバイス。こういうときは「悪い」じゃなくて「ありがとう」の方がうれしいよ?」

「・・・そうか、わる・・・あ」

「あはは!ほらいこっ!」

しっかり手を握られたまま、無理に引っ張るのでなく自然に導かれるような、そんな不思議な感覚にかなわないなと、そう感じていた。

しかし一方で・・・

―ウェルスー、そのまま、まっすぐーまっすぐー。あ、空き缶落ちてるから足元気を付けてね!

疑似念話とでも呼ぶところだろうか。

あの式を完全に使いこなしたらしいミネルが当たり前のように使ってくる為、頭の中に声が常に響き続けている状態である。

先程のカザキと対峙していた間、気付いてしまった事と合わせ、ミネルとはこの術式について話し合わなければと頭を悩ませるウェルスであった。

                              EP1CP4−2終了





                    


管理人:ウェルス
性別:男

主な活動内容
・各種オンラインゲームプレイ
・2次創作系小説作成
・他、動画作成やら色々やりたいと
 思案中。

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