EP1CP4−3
左右が建物に挟まれた路地。
年季の入っているだろう木づくりの荷車を引いた、筋肉質ながたいのいい一人の男がぽかんとした表情で立ち止まっていた。
「なぁ、そこの兄ちゃん・・・」
困惑の色のまま呟くように声を発した、男の正面に立っている者はいない。
その顔は斜め下、左頬を真っ赤に腫れさせ、石畳の上で紺色の服を埃で汚しながら大の字となって仰向けに倒れているカザキへと向けられていた。
「なんだおっさん」
「なんだ、じゃないだろう。そんなところで寝転がられてると邪魔なんだが」
男の言葉に上体も起こさないまま、空に向け続けていた視線だけを男の方へと向けるカザキ。
「このまま、動きたくない。避けて通ってくれ」
「そう言われてもなぁ・・・」
路地はあまり幅が広いわけでなく、荷車同士行違えるくらいはあるものの、カザキが寝ているのはそのど真ん中。
避けて通ろうにも片腕片脚は確実に轢いてしまう事になる。
この面倒な状況、関わりたくないだろうに道を引き返して迂回しないのは、この先に用があるからか。
どうしたものかと頭をかく男。
男が引いていた荷台に目が行き、しばらく考えていたかと思うと唐突に目を見開いたカザキ。
「そうだ。その荷車、乗せてる荷物あわせて結構重いか?」
「ん?そりゃまぁ・・・色々と積んでるからそれなりには」
「そうか。よし、一度下がってもらって全速力で轢いてくれ」
「・・・は?」
カザキが言い出した言葉に、思考が停止する男。
「いやいやいや!!何言ってんだお前?!!」
男の驚愕を後目に、腕を組みうんうんと一人何かに納得しているカザキ。
「俺は今、気付いてしまった。確かにそうそう死なない体に現地人より能力が格段に成長しやすいというバフはある。なのに何故完璧なチート転生、無双ハーレム英雄ルートのイベントが起きる気配が全くないのか。やっぱり王道のトラックパターンでないと駄目だったんだ。しかしやり直そうにもこの世界で俺が知っているようなトラックは多分無い。むしろあったらびっくり仰天。ならかわりに馬車、さらに妥協して荷車とかで轢かれればもしかすれば云々・・・」
「トラックってわけのわからな・・・て、お前ひょっとしてミレシアンか?!!」
聞きなれない単語にそう断じ、ミレシアンといえばちょっとやそっとじゃ死なないってどっかで聞いたが・・・と呟き考え込む男。
それから数秒、ぽんと手を叩き。
「あれか?!お前そういう性癖なのか?!!だからといって荷車に轢かれるというのはいきすぎだぞ?!」
荷車に背を当てながら数メートル後ずさる男。
「いやいやいや、そんなぶっとんだ性癖微塵ももってないから。とにかくおっさんははやくここを通りたい、そして俺がいいって言ってる。なら全くのノープロブレム。問題ない上にウィンウィンということだ。そういう訳でハリーハリーハリー、はやく、痛くないように、無慈悲に、痛みまったく感じないように、時速141キロで、一思いにやってくれ」
「出来るか!!!」
結局、一度荷車から男は手を放し、「やーめーろー」と抗議するカザキを後ろから抱えるようにして無理やり引きずり、建物の壁を背に座らせた。
その後もぶつぶつと何かいいながらも、カザキは完全に脱力した状態で、項垂れていた。
「兄ちゃんよ、何があったか知らねぇが自暴自棄はよくねぇぜ?ほらよ」
そう言って荷台から取り出した何かをカザキに下手投げでかるく放り投げる。
とっさに取った赤い果実に、きょとんとするカザキ。
「りんごだよ。食った事ねぇか?」
「いや、りんごはわかるがなんで」
「それ食って元気だせ!ってこった。じゃあな」
にっ、すがすがしい笑顔を向け荷台を引き始める男。
ガラガラガラと音を立てながら去っていく背と手にしたリンゴを交互に見るカザキ。
「あいつにとって邪魔だっただろうに、なんで・・・」
正直、怒鳴られてもおかしくはなかっただろう。
面識の無い赤の他人。
それでも心配され向けられたやさしさ。
―「ここに生きている」人達を蔑ろにして、そう言えるのか?
ついさっき、気に留めてもいなかった言葉が後から押し込まれたように突き刺さる。
「あー・・・なんか余計にへこんできた」
しばらく項垂れていたが、手に持っている物をふとかじる。
カリッという小気味のいい音と共に走る甘味に顔を上げるカザキ。
「蜜入り、うめぇ・・・」
数秒後には芯と種だけになったリンゴをじーっと見て、その後まわりを見回す。
先程の騒ぎと奇行のせいかまだ人一人いないのを確認してぼりぼりと芯も食らう。
「考えてみりゃちっとやそっとじゃ死なないわけだし・・・轢かれたところで意味ないよな」
はぁ、と溜息をつきながら脇に置かれた剣をとり、色々もやもやしているのであろう難しい顔で立ち上がる。
その時、ふと路地の端に落ちていた木刀に目が留まる。
それを拾い上げた時、離れたところから子どもが一人、あたりを見回しながら歩いているのが見える。
「ほら、これか?」
「あ、それ僕の!おにーさんありがと!」
子どものほうへ歩いていき、手元でくるくると木刀を回したあと柄の方を子どもに向けて渡す。
受け取った子どもは満面の笑みを向け、手を大きく振った後タタタ、と走り去っていった。
「ありがと、か」
ぼりぼり、と銀色の髪をかいたあと、子どもの走っていった方とは逆に歩き出していく。
「英雄・・・ヒーローにしてくれたって思ったのによ。なんなんだろうな本当・・・ラビにでも、潜るか」
ヒーラー。癒し手。
多くの世界において魔術、魔法的な手法を主とし対象の傷や体力を回復させ、また極めた者は死者さえ蘇らせるという。
この世界においても、冒険者の役割分担としてのヒーラーの他、各町や村において職業としてつとめる者は多い。
死んだ者の蘇生まで出来る手法がこの世界にあるのかは定かではないが、病気や怪我をした時にまずお世話になるという点は共通だろう。
一般人、冒険者、兵士等問わず彼らへ感謝する者は無論多く、人を癒すという立場の人間であるかれら自身も元気かつ健康であってもらいたいと願うところだが。
「ふんっ!はっ!どうだ!!これで痛みは大分楽になっただろう!!っはぁ!!!」
現在、目の前に立つそのヒーラー。
白い歯を見せ、ポーズをとりながら張った筋肉でこれでもかと健康をアピールしているような、ムキムキなマッチョであった。
名はマヌス。
白を基調に緑を取り入れた清潔な服装に、処置の手際の良さ。
声はうるさいが、さすがこの街で評判と聞くヒーラーだと彼の目の前で丸椅子に座っていたウェルスは思った。
ゆっくり、半開き程度だが目を開く。
まだ多少視界がぼやけるが、焼けるような痛みは大分引いていた。
「ウェルス、ちゃんと見えてる?」
すぐ右後ろから聞こえた声に振り返ると、ミネルと手にしたエルニアが腰かけていた丸椅子から立ち上がり、覗き込んでくる。
エルニアから見て、まだ白目は赤く充血しているようだったが。
「ああ、大分目が開くようになってきたし、まだぼやけるが見える」
「よかったー・・・それにしてもカザキのやつ!」
ウェルスのはっきりとした言葉に胸に手をあてほっとしたような表情を浮かべた直後、今度はその手を握りあんなやつにパートナーの事頼まなくてよかった!と声を荒げる。
「何があったかは知らないが、香辛料の類を受けたんだって?そちらのお嬢さんに感謝するんだぞ」
少し洗い流すのが遅れていたら失明していたかもしれない類の香辛料だぞこれは、と手を洗いながら言葉を向けられる。
「そうだな」
悪い、またそう出そうになる言葉を飲み込み一息おいて。
「ありがとうエル。ミネルも」
ウェルスの言葉に握っていた手を解いて照れ臭そうにしているエルニア。
ミネルも今は剣の中に入っているが頭の中に念話でどーいたしまして!と返してきた。
「それにしても君も我慢強い方だな。水で先に洗い流したとはいえこんなもの目に入ったら大の大人でも数時間はのたうち回るというのに」
手を洗い終わったマヌスが、いくつもの薬が立ち並ぶ棚の戸を開き瓶を取る。
「・・・まぁ、眼球をえぐ・・・時よりはマシだ」
「ウェルス?」
ふと顔を伏せ、聞き取れない程小さく呟いたウェルスに呼びかけるがすぐに顔を上げなんでもない。マヌスの方へと体の向きを戻しながら顔を上げた。
「さて、まだ少しの時間痺れるような感じは続くかもしれないが、じき収まるだろう。目薬を渡しておくが痛みが長く続くようなら念のためまた来るようにな!」
「世話になった」
簡潔に礼をいい、治療費を支払う。
エルニアから預けていたミネルと荷物を受け取り後にしていく。
「健康第一!何もないのが一番だがあったならまた来なさい、はぁっ!」
暑苦しい見送りにエルニアが手を振って答えるが、そのまま歩き続けるウェルスに慌てて追いかけていった。
「しかし・・・」
街の雑踏の中へと消えていく二人の姿に、腕を組み首を傾げるマヌス。
「ウェルス、といったか。はじめて見るミレシアンだがなんといえばいいのか」
思い返すマヌス。
目の洗浄後、一度目薬を差した後時間をおいている間に、このダンバートンへ来る途中受けたという左肩の傷。
それを見てほしいというエルニアに対し、ウェルスはしばらく渋っていたようだが折れ、一緒に診る事になった。
巻かれていた包帯にはかすかに滲んだ血の跡が残っていたが、合わせてポーションを服用していたとのことで傷はふさがっていた。
腕もちゃんと動くのも確認したが、どうにもマヌスにはその傷跡、いや身体自体に違和感を感じていた。
「確かに傷は治っているようだったがなんだあれは・・・身体自体の再生、活動しようとする活力というか生気のようなものが感じられない・・・?」
しばらく考え込んだようだがふと振り返り戻っていく。
「いや、気にしていてもしょうがない!こちらが勝手に色々妄想するのは失礼だしな。むぅん!!」
―ビリッ
気合を入れたポーズに耐え切れなかった服。
「せんせい〜、また腰がいたくなってきてもうての。みてくれんかぁ・・・」
同時に常連らしい、杖をついた高齢の女性が顔を覗かせ、おや、と頬を染める。
「・・・すぐに戻りますので椅子にお掛けになってお待ちを。おおおおお!!!」
丁寧に椅子に手を向けて案内した後、ダッシュで奥の部屋のドアへと突っ込んでいくヒーラーであった。
EP1CP4−3終了
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