「剣に愛されし旅人」
Side of MINEL
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あたしという精霊武器と昨晩契約してくれて、ミネルっていう名前をくれた人、ウェルス。
まだ出会ったばかりだけど、あたしのお願い事まで聞いてくれた優しい人。
でも、この人に優しいね、と言った時、とても辛そうにしていた。
契約で少しでもつながりが出来たからと思うけど、ウェルスの体の事を知ってしまっただけじゃなく、ウェルスの感情が感じられたり、断片的な記憶が見えてしまうようになった。
ウェルスにこの事を伝えたら、また困らせちゃうと思うから内緒にしておこうと思うけど、あたしも何故そうなったのかわかんない。
これから先、もしかしたらウェルスの体が何故そんな状態になっちゃったのか、これまでどんな事があったのかも見えちゃうかもしれない。
それを知るのは、本当は怖い。
それでもあたしは、この人はどんな人より優しい人だと思う。
だって・・・あたしは、この人(お兄ちゃん)の事を知っているから・・・
だからあたしは、ウェルスが自分の事を「そんな人間じゃない」、「〔作り物〕で、〔壊れ物〕」って言って否定しちゃってるのが、悲しかった。
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精霊は、元は自然の一部。
個というものがなく、名前も無かった。
自我も無く、ただ世界を漂い、時に何かに引き寄せられたりするだけの存在。
だから、精霊である彼女にある記憶は、この剣に憑いたその日から。
この世界にある特殊な武器のひとつであり、とある鉱山より稀に掘り出されるという精霊の眠っている石から、魔法を使い武器へその精霊を憑依、目覚めさせる事によって生まれる精霊武器。
精霊達がその精霊武器として目覚めた時、それまで自我も記憶も知識もなかった精霊は、既にこの世界にある一つの〔形〕としてあり続けた依り代となった武器から情報をもらい、この世界での言語や、ちょっとした地理的なものといった基本的なものから、わずかながら「世界」から見た知識も得る。
よって、この精霊武器として目覚める、最初に記憶にある光景よりも前にあった出来事でも知識としては知っている。
特に自身に関わる事なら。
その精霊は、ある研究のための実験台として目覚めさせられた。
この世界はいわゆる剣と魔法の世界。
人々は世界に満ち溢れるマナの活用法を見出し、次々と新たな魔法を生み出す。
武器においても、伝統の工法を踏襲した業物の一刀が作りだされたり、時折この世界に降り立つ異なる世界からの存在による影響か、それまで見られたことの無い新しい形の武器が生まれ、発展した。
だが、そんな「表」の発展の一方。
当時の彼らにとってはその意識がなかろうと、まわりの人間、いや、相当後の世になってから「外法」と呼ばれるような事が時に起こるのも、ある意味必然だったのかもしれない。
一般人がまず足を踏み入れることもないだろう僻地の、ある場所にあつまった男たち。
彼らの研究対象は、武器と魔法の融合。
魔法武器の創造であった。
まるで、おとぎ話に出てくる炎や雷等を刀身にまとわせ、自由自在に操る剣。
そんな、まさに夢物語のような代物。
だが彼らが追い求めるはそんな理想だけではない。
武器は使えば当然、切れ味も落ちれば刃こぼれもするし、最悪折れる。
だがもし、武器自体がこの世に満ちているマナを自ら吸収し、人が手を出さずとも永久に自らの形を保つなんて合理性の塊が実現した上で、もし先の理想のように使用者の意思に応じてその力を自在に攻撃の形として発現できたなら?
まさにそれは、この世の常識を覆す革新的存在といえるだろう。
ここにあつまった男たちは、それをなそうとしていた。
しかし課題も多い。
すでに、武器や防具へマナの結晶体、〔エレメンタル〕を用いて属性を付与し、相手への攻撃力を上げたり、攻撃を受けた際のダメージを軽減させるという形は確立されている。
しかし出来るのは、あくまでそういった戦闘における補助止まり。
使用された武器も防具も、属性付与前の耐久性と特にかわらず、あくまで一種のコーティング剤程度の域を出ない。
それを超えるには根本的に、武器としての観点から見なければならない。
いくつもの案が生まれたが、次々と検討段階での却下、実験における失敗、見直しが行われていった。
案の中には、現存している魔法使い向けの武器を純粋に強化・発展させるというものもあった。
魔法は本来自らの体に張り巡らされている回路を通じ、制御を行い形にする事で発現する。
ワンドやスタッフという、いわゆる杖の類は、そのマナの制御におもむきを置いて形作られている。
たしかに、それらは持ち主の魔法攻撃力を増加させたり、個人が中級・上級魔法という制御の困難な物を行使可能とする程の力を持ち一見この試みに向いていると思われた。
しかしそれもまた、あくまで魔法を行使するための補助道具。
直接の打撃にはあまり向かず、また見た目ではわからない繊細なつくりでもある為、損傷しやすく修復には都度、マナの扱いに長けた物による修理が必要であり、通常の武器を修理するより手間がかかる代物である。
それでは意味がなかった。
単に杖の先に刃をつければいいという話ではないのだ。
そしてついに目を向けられたのが、『精霊武器』。
精霊武器とは前述の通り、とある鉱山において稀に掘り起こされるという精霊の封じ込められた特殊な石と、武器とを特殊な術式において混ぜ合わせ精霊を憑依。
目覚めさせることで生まれる。
本来、精霊武器に使われる依り代となる武器は、冒険者達が同じ武器を長い間使い続ける事でこの世界になじませる。つまり熟練度を上げる必要がある。
それに憑依させるというのだから、ある意味、長年人によって使われた物には魂がやどるという逸話に出てくる、付喪神の話を、人為的に行うような物と言えるかもしれない。
目覚めた精霊武器の精霊は、持ち主の傍にあり、共に成長していく。
時に、それは基となった武器からは想像も出来ない程のものへと昇華するという。
だからこそ目をつけられた。
核となる精霊は、この世に満ちるマナと同じく、もともとは自然よりの存在。
人に出来ぬなら、精霊にその制御をやらせればいいと。
彼女はそんな人類にとってまだまだ未知数の存在ともいえる精霊武器を用いた、あらたな武器の形を生み出す為の実験に使われた。
先に述べた、この世界の基本属性ともいえる火・雷・氷のマナの結晶体、エレメンタル。
彼らはあろうことか、それを極限まで圧縮した物を用いて鉱石の如く精製し、ある鍛冶職人へ同種の武器を数本作らせた。
これに精霊を憑依・制御させることでマナの働きを数倍にも引き上げさせ、完全な魔法剣を形作ろうと。
そして用意されたのは、エレメンタル鉱石とも呼ぶべき物から形作られた各属性、計3本の剣と、精霊の眠っている3つの石。
既存の武器に寄せて形作られた各刀身は、透き通るような赤、黄、青に輝いていた。
この状態ではまだ、一種の宝石剣のようなものであり、莫大なマナを含んではいても観賞用がいいところのもろい石剣でしかない。
本番はここからだった。
誰かに握られた事などあるはずないのだから熟練度も無い、持ち主無き依り代のはずだが、強引な式を用いて石から移された精霊は覚醒。
各々の刀身から、炎が溢れ、電撃が走り、冷気が渦巻いていく。
部屋の中は、歓喜の声に包まれた。
この場に混ざっている、魔法については素人な者であろうとも一目みただけで感じる程の力。
ある者達は次々に手を取り合い、ある者は手にしていた資料を落とし、ある者は目に涙を浮かべた。
実験は成功。この世に新しい武器の形が生まれた瞬間。
・・・となるはずだった。
まだ興奮冷めぬ、上がり続ける声の中、異変は起きた。
火の剣は、近くの物を次々と燃やし続け、溶かし、刀身からは火の中にほうりこまれたかのごとくひたすら絶叫が響き続け、折れた。
雷の剣は、近くの物を悉く弾き、電流をあたりにまき散らし続け、刀身からはひたすら激痛を訴える涙声が流れ続け、折れた。
そして残った氷の剣は、折れこそしないが、自らが噴出し続ける冷気を制御できず、刀身からはひたすら寒さに震えながら呼びかける声が続いた・・・
寒い・・・なんでこの武器はこんなに寒いの・・・あたしの持ち主は・・・誰・・・?と。
その異変に、彼らはまるで先ほどの様子が嘘かのように静まり返る。
それでも、その表情に浮かんでいるのは笑みだった。
研究者たちは、折れ、炎も電撃も発しなくなり、物言わなくなった二本の剣だった物をただの鉄くずと躊躇することなく、これまでの実験で使われた素材の成れの果てと同じ所へ破棄。
残された剣に対しても、呼び続ける声を無視し続けた。
男達は初めからすべてうまく形になるとはおもってはいなかった。
二本の剣が折れたのも、ある意味想定通りであった事から残念がってなどいない。
火、雷はその性質上マナにおいても拡散しやすいところがある。
それに対し、氷は収束しやすい傾向にある。
冒険者達の用いる魔法においても、氷属性の物は全体的にチャージ速度に優れるというが、この点も関係しているのかもしれない。
だからこそ、武器という決まった形を維持しつづけるにも、最も適していると考えられていた。
よって今回の実験で成功か否かを断ずるのは、残った一本のみ。
残る二本は同じく形になるのなら良し。
この実験の成功後、後々火・雷の物をつくる際の手間が短縮されるという程度のついでであった。
たとえこの一本だけでも、想定された力をもつならば、彼らにとっては成功の一文字なのだから。
そして、ずっと自らの刀身から漏れ出す冷気に、この世に目覚めたばかりの精霊は凍え続けただ観察され続けた。
ある日、研究所内では見かけることの無かった様相の男がやってきた。
研究者の一人としばらく話した後、何かの入った小袋を受け取った男が、剣に近づき、手を伸ばす。
その手から感じる『匂い』に、剣は嫌がったが男は気にすることなく手にとろうとする。
男は金で雇われた、外部の人間だった。
ただ用意された剣を手に取り、指定された通りふること。
それだけで金がもらえると、声をかけられた男はこの場に来るまで半信半疑ではあったが、もらった前金と、この研究所の規模によだれをたらしていた。
剣は、自らの柄に男の指先が触れた瞬間、それまで感じていた寒さとはまったく異なる『冷たさ』を感じた。
感じる、血の匂い。
この人は自分の持ち主になろうとしている人でもなんでもない。
それ以前にこの人には触れてほしくない。
剣の中の精霊がその思った瞬間だった。
柄に触れた男の指先から肩に向け、その身が一瞬にして凍りつき、砕け落ちた。
おきたことに男は錯乱。
精霊も困惑した。
これは、精霊が望んだことではない。
だが、自らが発し続けるこの冷気が、凍り付かせた。
男は剣の刀身に向けてこぶしを叩きつけようとしたが、それが刃に触れる直前に、今度は男そのものが凍り、崩れた。
その様子を、全く慌てる事なく、ただ淡々と眺め、紙に何かを記す男たち。
そして、崩れた『氷』を片付けた後、20人程度、代わる代わる同じことをさせた。
終わった時、男たちの下した判断・・・実験は失敗。
老若男女、様々な要素から選んだらしいがそれらすべてが崩れたばらばらの氷のまま、処分された。
それから、何日も、何日も同じことを続けさせられた。
ほんの一部、魔法的抵抗力が高いと判断されていた男でさえ、触れた瞬間その手は酷い凍傷を起こし、逃げ出そうとしたがその前に確保され、研究者の一人に処分された。
そしてある時・・・
実験に際し、足のつきにくい者を対象としていたとはいえ、あまりに人を入れさせすぎたからか、失踪のうわさが出回り、この国の騎士団にさぐられはじめたらしい事に男達は感づいた。
いまだこの剣を持つ事ができるものさえおらず、これ以上、この場にいては見つかり、押し入られるのも時間の問題。
責任者らしき人物が、この計画の頓挫。打ち切りを決めた。
男は剣に一蹴し、呟いた。
これでは、使い物にならない。
出来損ない、不良品だと。
剣に憑依していた精霊は、その刀身の中で震えながら男の顔を悲しい目で見上げていた。
そして、男たちは研究所を放棄。
ばらばらに散っていった。
不良品とされた剣は、後に完成した魔法剣を携行する為にと作られていた、マナを封じる特殊な素材と術式が織り込まれた試作品の鞘に無理に押し込まれ、一般人では抜けない程の封印が貼られた。
男の一人がそれを持ち、大陸の北側に位置する村、そのさらに先にある山へと向かおうとした。
証拠隠滅の為だ。
その山は年中雪に閉ざされていて、近くの村の者であっても足を踏み入れる事は少ない。
そこへこの剣を捨て去り、そのまま朽ち果てればよし。
仮になんらかの要因で封印がはがれようと、解けることの無い雪に閉ざされたかの地であれば誰に知られることもないと。
だが道中、男は近年狂暴化しつつあった獣の類に襲われ、息絶えた。
鞘に押し込まれたままの精霊は、外の事は見えない。
だが、どこかに投げ出されていたのはわかっていた。
精霊は、あの男に一蹴された時すでにわかっていた。
自分は、捨てられたのだと。
持ち主無き剣に、勝手な実験の為に憑依させられ、自分の事を見てもらえず、誰にも扱ってもらえないまま。
封印の中、自らの発する冷気は鞘の外へ流れ出ることがなく、圧縮され渦巻き、より精霊を凍えさせ続けた。
精霊石から覚醒するまで、自我は無い。
だから覚醒の形に望む、望まないなんてものはないのだが、それでもこんなのは嫌だった。
せっかくこの世に目覚めたのに、ずっと寒く、剣としての形を得たにも関わらず持ち主もなく、ただ不要な物として捨てられ、朽ちていくなんて、と。
精霊は、彼女は泣いた。
泣いて、泣いて、泣き続けた。
何も映らぬ暗闇の中、外に言葉を届けることも出来ない。
泣き疲れた彼女は寒さに震えながら、眠った。
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