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 また、視点がかわった。


 まるで、地面から少し浮いた位置から見下ろしているかのように。



 あの男が、村の商店の店先で赤い果実を手に取り考え込んでいた。

 もう片方の手に握る布の小袋、中身はすかすかなのがどうみてもわかる。

「ったく・・・前に来た時も、今回もそうだがあの剣一本買ったら所持金ほぼ無しってどれだけきつい条件でやらせるんだよ・・・指定内容おわるまで村に入るなという指示までつけやがって・・・ま、別に食わなくても死なないんだけどさ・・・」
 男はそう、他の人に聞こえない程度に呟いた。

 店員に声をかけ、果実をわたすのとあわせて何かを頼む。
 
 袋に包んでもらっている間に小袋をさかさまにし、出てきた一枚だけの硬貨を手に、果実の入った袋と入れ替えに手渡す。

 店を出たところで、くぅ、という音が鳴るが、男は知らないふりをして歩き出す。

「この音任意で止めておけないものか・・・」と小さく呟いた。

 でも男は笑みを浮かべていた。

 ナコはあれ以来、重症化する様子もない。

 まだ回復までかかりそうだが、数日前に男が薬を取りに行った先の医者、その人が経過を見るためにこの村まで足を運んでくれていた。

 もう、大丈夫だろう。

 「あとは・・・俺がどこまでもつか・・・か。とっくの前に指定された内容は指示違反が入っているとはいえクリア済み。飲まず食わずで世界に与える影響を少しでも抑えながら強制帰還による転送を勝手に作った術式で拒否しつづけているものの・・・」

 そして、あの家へ向かおうとしたところで、一人の男が血相を変えた様子で走り寄り、男の肩を乱暴につかみ声を上げた。

 それを聞いた男は、その言葉が信じられなかったのか、わずかな間立ち尽くしていたが、我に返り男のつかんでいた手をはらいのけ、走り出した。

 袋がその手からすり抜けて落ちたのも気付かずに。


 それをまた、男の背を追いかけていくように景色は流れていき、あの部屋。


 ベッドを囲むように立ち尽くしている大人達。

 入口傍にたっていた医者らしき男。

 ベッドのそばで膝を折っている娘の父親。


 男は、その中へ強引に割って入るように入り、目にした。


 ベッドの上で、ナコが静かに息をひきとっていたのを。

 男の姿をみた父親は激昂。

 つかみかかろうとするが、それさえはらい、少女の首元に手をあてるが、ただ、冷たい感触を感じただけだった。

「おい・・・もう昼間だぞナコ・・・いつまで寝てるんだ?・・・おい、冗談やめろよ・・・なんで・・・なんでだ!!」

 先程、商店の近くで掴みかかってきた男が、土に汚れた袋を手に戻ってきたところで、医者が告げた。

「――――さん、あなたがあの時、私の元へ来てくださったおかげで、この娘が一命をとりとめたのは間違いありません・・・ですが・・・残念です・・・」

 男は、その言葉を聞かない・・・聞きたくなかった。

 手を握っても、握り返してはこない。



 男の背後、顔を涙に濡らし、怒りに満ちた表情で父がつかみかかろうとするのを、他の大人達が必死になだめようと声をかけながら抑えようとする。

「う、うう・・・あの先生の薬に・・・間違いなんて、あるものか・・・お前だ・・・お前が薬に毒を盛ったんだろう?!!」

 父の言葉に、男は何も答えない、いや、聞こえていなかった。

 男の様子にさらに激高した父が、抑える他の男を押しのけようとしつつ近づいていく。

 その間に立つように、精霊も、その視界の持ち主も、間に入るように立つ。


―ちがう・・・ちがうよおとーさん・・・『あたし』ずっとお兄ちゃんのことみてきたもん・・『前』の時から、ずっと・・・

 誰にも、ここでは精霊にしか聞こえない声と、精霊自身の声が重なって響いた。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 ノイズが走り、切り替わっても同じようにすこし宙に浮いて見下ろしているような視点。

 それも夜だった。


 あの部屋の窓。

 その外側から中をこっそりと見ている男の姿がそこにあった。
 
「また明日って言って何日も来ていないと思ったが・・・」

 そう呟いた男の視線の先。

 ベッドの上には、熱に顔を赤らめ、尋常ではない汗をかき、時々息がとまりそうにして苦しんでいる様子のナコがいた。

 その傍、ナコの看病をしている父は、必死なせいか窓の外の男に気づいていないらしい。


 静かに窓から離れ、歩き出す。

 村を出て誰もいない、あの丘の上まで歩いてきて立ち止まる男。

「・・・一か八か、やってみるか」

 そう言って、両目を閉じ、再び開ける男。

 だが、その目の焦点はせわしなく動き、何もないはずのところへ次々と向けている。

(起動したRSSから・・・―――と繋がっている術式の一部を辿って表層域に待機しているあいつに・・・)

 精霊は驚愕した。

 男の口は動いていない。

 まるで、頭の中に響くようにその声が聞こえてきている。


(・・・捉えた!おいネヴィ!)


 誰もいない視線の先のまま、話しかける男。

 精霊はその様子を奇怪に思ったが、また驚くことになる。

(・・・お呼びでしょうか、――――。まさか私との通話回路まで構築出来るようになっているとは・・・)

 男の物とはちがう、別の声。

 視界はあたりをみまわすが、そこに誰もいない。

 時折出てくる単語から、よく内容はわからないが、その目に見えない相手としばらく言い合っているようだった。

(・・・協力する気がないならいい!・・・俺が直接、そこから見えている情報の山から抜きとってやる!!)

「術式構成開始・・・必要な要素の検索・・・参照・・・挿入・・・結合・・・改変・・・」

 また何もない、しかし男からは見えているのであろうそれに向け、視線が次々と動き始める。

(ッ?!危険です!いくらあの実験の為の『器』として多少強化されていても貴方では!!やめてください!!)

「術式構成完了・・・ッつ・・・起動!!」

 その言葉と共に、一瞬ではあるが、なにか空から光が伸び、男と繋がったように見えた。

 しかし直後。

「っぐ、う、あ、あ、あああああああああああああああああああ?!!!!」

 響く絶叫。

 目に見えない誰かが必死に呼びかけているようだったが、それもぷつり、と途絶えてしまう。

 「あ、ぐぅ・・・・」

 うずくまり、その目の端や鼻からは血が流れ、ぽたぽたと草を染めていく。

 精霊が駆け寄ろうとするのと同じように、その視界は駆け寄り、男の顔を覗き込もうとする。

 全身が震えており、どう見ても危険な状態だった。

 どうにか出来ないか、手を伸ばそうとしても、同じように伸ばされた「透けた手」は、男の体をすきぬけてしまう。

 崩れるように転がり、仰向けに倒れたまま必死に息を整えようとする。

「く、そ・・・ネヴィの奴、どれだけ処理能力もってんだ・・・即席の術式とはいえ、一項目情報を探すだけで、こんなダメージくらうとは思わなかった・・・」

 腕で顔を拭い、染まったその色に溜息をつく。

「だが見つけらたのはよかった・・・病気の名前と、この世界、時間で一番効果のある薬を作れる人物、その場所・・・それさえわかれば・・・」

 かなりつらそうに表情を歪めていたが、ほんのわずかに、口の端が上がったのが見えた。

「この村にも届く、くらい・・・有名な医者らしいな・・・それならすぐ見つかるはず・・・」
 
 まだ震えている体を立たせ、何度も倒れそうになりながらも男は村に向かって走り出していった。

「まずは・・・医者の所にいってかえってくるまで持たせるのに、応急処置の内容を伝えない・・・と」」

 空に浮かぶ月を雲が多い、雨が降り出したにも関わらず。




−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 次々と、ノイズとともに現れては消えていく景色。

 それが映し出す内容に、精霊も気付いていた。


 いつも必死だった。

 男は、あの時も自分の意思でこの世界に来たんじゃない。

 誰かに指示されて、役割を与えられて来たのだろう。

 本当なら、「前」のあの時も、男はあの化け物の群れ全てを相手にする必要はなかったのかもしれない。

 圧倒的な数の差、そして巨躯の鬼。

 たった一人で、村を襲おうというあの大軍を、一人で守り切れるはずがない。

 自分の力量がわからないほど、彼は傲慢にもみえない。

 男も、恐らくそれは知っていた。

 だから村に寄れなかったのだろう。たとえ指示の上だったとしても。

 何が起ころうとしているのか知っていたから。



 彼にとっては、世界も、関わりのない多数の人たちも、ただそこにある「形」でしかなかったのだろう。

 もしかしたらそう自分に言い聞かせ続けていたのかもしれない。


 それでも、あの村が襲われた日。

 男はあの丘で一人、化け物の大軍を決死の覚悟で相手していた。

 だが、あの鬼が現れ、抑え込まれている間に化け物達は丘を越えてしまい、気を取られた隙に受けた一撃で重傷を負っていた。

 普通の人なら、動けるはずがない。

 それでも、男は折れた剣を手に、あの村まで来た。

 この世界で唯一、「彼に」時間を与えていたナコの事を助けようと。

 あの無情にも雨でかき消された叫びが、それを現していたのを覚えている。



 ずっと、見ていたからわかる。

 彼は、彼自身が大切と思ったものの為に、どこまでも必死になる人なのだと。

 真っすぐなその優しさを、あの村が襲われた日によって、「自分の我儘とその結果」と歪めてしまった。

 「ナコ」も、精霊も、ずっと、それを見ていた。








 戻る景色。

 目の前から鬼の形相で迫ってくる父。

 まるで、一体化したかのようにナコと一緒になって声をかけ続ける。

 その声が届かない父は、歩みを止めない。

「ま、待ってください!彼女からは毒物の症状なんて全く・・・!」

「うるさい!!!」

 横から止めようとする医者でさえ、払いのける。

 倒れた医者に押された男が、手にもつ袋を落とした。

 窓際に置かれた花瓶を両手で持ち上げる父。

 その様子に男は気付いていないらしく、ただ、冷たくなった少女の手を握っていた。

 ただ、目の前の事が信じられない、受け入れられないという、茫然とした顔のまま。

 そしてとうとう、男の前に立つ父。

 ナコと精霊は、男に覆いかぶさるようにし、顔を向けながら震える声でまだ呼び続ける。

―おとーさん・・・違うんだよ・・・?お兄ちゃんは、あたしを助けてくれたんだよ・・・?もうここにいちゃいけないって、誰かから怒られてたのに、一緒にいてくれたんだよ・・・?

「ご・・・めんな・・・」

 まるで、絞り出すかのように小さな声。

 それは、とても男から出たとは思えない程、弱弱しいものだった。

―お兄ちゃん・・・?

「約束・・・連れて行ってやるって約束・・・」




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「んー・・・熱はひいたみたいだが、まだ体の調子は悪そうだな・・・」

「うん・・・」

「まぁ、安心しろ。あの薬をつくってくれた医者が、明日からこの村まで来てくれるって手紙が来たんだ。きっとよくなる」

「・・・でも治らなくてもいいかも」

「おい?!いきなりなんてこというんだ・・・」

「だって・・・治ったらお兄ちゃん、どこか行っちゃうんじゃないの・・・?」

 男はしばらく、いい言葉がないかと考えていたようだが、まっすぐ見てくるナコの目に、目を伏せた。

「・・・本当は、もうとっくの前に帰らないといけなかったんだけどな・・・この間もいい加減帰って来いってお怒りの連絡をもらってしまった」

「そこって・・・とってもとおいとこ・・・だよね・・・?」

 少女の目が、男の右手のほうを見ていた。

 ここ最近、ずっとズボンのポケットに突っ込んでいた。

 誰にも見せないかのように。

「ほんとにナコは、偶に痛いとこついてくるよな・・・」

 ポケットから抜いた手。

 それは霞みがかったようにぶれ、時に透けて見えていた。

「お兄ちゃん・・・それ痛くないの・・・?」

「ああ・・・痛みはない」

「お医者さんでもなおせないの?」

「そうだな・・・むしろ、これを止められるのがそのいい加減帰って来いっていってるやつなんだ」

「そのままにしてたら・・・どうなっちゃうの?」

 ナコの問いに、男は言葉にすることが出来なかった。

 その沈黙は、まだ子どもであるナコにも感じ取れてしまったらしい。

「やだ・・・お兄ちゃんが死んじゃうのはやだ・・・でもどこかいっちゃってあえなくなるのもやだ・・・!」

 泣きそうになるナコに男はベッドの端に腰かけ、左手をぽんと頭に乗せる。

「大丈夫・・・少なくともナコが元気になるまではここにいるし、もし俺が帰ってもきっと『また』・・・会えるから」

「また・・・あえるの?」

「ああ、俺もずっと、二度と会うことはないだろうと思っていた人と、また突然あったことがあるんだ。例え相手が忘れてたとしても・・・な」

 そう言いながら、頭を撫でる男。

 その顔は笑ってはいたが、どこか、寂しげにも見える。

「あたし忘れないもん・・・お兄ちゃんの事・・・」

 ぐしぐしと目をこすり、真っすぐその目を見据える。

「・・・そっか、なら忘れないよう、何か思い出でも作ってやろうか。俺が出来る事・・・お金がいらない事ならなんでもいいぞ」

 胸にしまっている小袋の中身、硬貨一枚の事を思い出したのか、かっこわる・・・と明後日の方へむけて小さく呟く男。

 しばらくうーん、とナコは悩んでいたようだが、ぱっと明るい気持ちになって男の方を見る。

「木のみとり!元気になったら連れてって?・・・お兄ちゃんにはじめて会ったときから行ってないもん。あの森一人じゃこわいし」

 あー・・・と言いながら頭をかく男。

「そういやそうだったな・・・悪い」

 男のしぐさが面白くて、くすくすと笑う。

「もー、お兄ちゃんはあの時あたしを止めてくれたから助かったんでしょ。それじゃ、やくそくー!」

「・・・ああ、約束、な」


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「俺は・・・また・・・お前との約束をやぶってしまった・・・」

 手に雫が落ちる感触がして、ナコと精霊は男の方を見た。

 ずっと握っている手を額に当て、表情はかわらないまま、ただ、ただ涙を流していた。

―違うよ・・・おにいちゃんが悪いんじゃないんだよ・・・

「都合よく現れて見返りも求めずに請け負ったのはこれが目的か?!何が助かって良かっただ!」

 父は、すでに怒りのあまり錯乱していた。

 言っている事も既に支離滅裂。

 しかしその形相と姿に、誰も止めようと動けなかった。

 振り上げる花瓶。

―やめて・・・やめてやめてやめて!!

「善人を気取った悪魔めえええええ!!!」

振り下ろされる花瓶、男はそれでも、少女を握る手を離さない。


―やめてええええええ!!!


部屋に広がる、鈍い音。

我に返った大人たちに父が取り押さえられ、離されて遮られていた天井が見えた。

後ろから広がる、鉄の匂い。

なにも、頭に思い浮かばないまま、振り向いてしまう。


ベッドに伏した頭からは血が流れ、ベッドに寝かされた方のナコの頬まで染め、流れ落ちた血は床も染めていく。

―・・・あ、ああ・・・

 握られていた手から力が抜けたのを、見ていたナコと精霊も感じた。

 ふと、床に広がっていく血に目が移り、その先をみて目を見開いた。


 その血に触れる、土のついた袋から転がり出ていた赤い果実。

 簡素だが、きれいなリボンが巻かれていた。


 それは、あの丘の上に会いに行っていた時に一度、『前の』ナコが大好きと話したことがあった果実だった。

 ここで寝ているナコは、それを男に言ったことはなかったはず。

 そして、その傍、袋からはみ出ていた紙に目が移る。

 こう書かれていた。

―ナコへ。はやく元気になるように―

 歩み寄り、震える、透けた手でそれを手に取ろうとするが触れられない。

―お兄ちゃん・・・ずっと覚えてて・・・ずっとおなかすいてたのに・・・あたしに買ってきてくれたの・・・?

 ぴくりとも動かなくなったその背を目に、ナコと精霊から涙が溢れだしていた。


 

 その瞬間だった。


―対象――――の致命的損傷を確認。阻害術式の停止を確認。強制回収術式起動―


 あたりに響き渡る、人の物ではない無機質な言葉。

 まるで、時がとまったかのように景色がかたまった。

―え、な、何・・・?

 固まった景色にノイズが走り、別の風景がそこに時折入れ替わる。

 そこには、ナコの亡骸は無く、きれいに伸ばされた布団の上にまるで代わりかのように写真入れが置かれている。

 そして、ベッドの傍から、その写真を悲しい目で見ている、まるで別人かのように痩せこけた父の姿があった。

 窓の外では、いくつもの建物が焼け崩れ、怪我を負っている人たちも見られた。

 いままで見ていた風景と、その風景とが、ノイズが走る度に入れ替わっていき、次第に後の風景が濃くなっていく。

 そんな中、まるでその現象から取り残されたかのような、頭から血を流したまま膝を折っている男。

 その男の体が徐々に粒子となって、上へとすいこまれていき、男の姿が薄くなっていく。

―お兄ちゃん・・・どこいくの・・・?

 男は目を開くことなく、どんどん薄くなっていく。

―事象修正の完了を確認。不要要素の調整を確認。最終シーケンスに移行―


―ねぇ・・・お兄ちゃんをつれてっちゃうなら、治るんだよね・・・?

 その問いに、ほとんど透けてしまっている男も、無機質な声も答えない。

 それが分かってか、ナコと精霊は、男の隣に膝をついて、ふれられないがその手に重ねるように手を置く。

―お兄ちゃん・・・あたしに時間をくれて・・・傍にいて・・・手を握ってくれて・・・ありがとう

―回収完了と共に接続を終了します。15・・・14・・・―

―お兄ちゃんと、今度『また』会えたら・・・今度こそあたしもお兄ちゃんの力になるから・・・いっぱい、いっぱい一緒にいられるように頑張るから・・・

―5・・・4・・・―


―大好き―


―0―


 ふっと消える景色。

 ただ闇が広がる中、取り残されていた。

 なにもみえず、なにもなくて、とても怖い。

 それでも。

―よし!

 パンと頬を叩き、重なっていたナコが、一人、精霊から離れて歩き始めていく。


―「ここ」にきて初めて全部分かったんだけど、お兄ちゃんがとってきてくれた薬ね・・・本当に、あの時では一番の薬だったんだ・・・

 背を向けたまま、話し始める黒いツインテールの少女、

―でもあたしがかかったのは、発生したばかりで子どもしかかからないというはやり病・・・

―まだ薬も完全じゃなくて、治る確率が100%に近くなったのは、あたしが死んだあの日から約10年後

―あの時作られていた一番の薬でも症状を抑えるのが精一杯で、あとは本人の力に任せるしかなかったんだって

―あたしが弱かったから、2回もお兄ちゃんを悲しませちゃった・・・

―でも、あたしはこの時、ここにこれて、歩き出したよ

―今度こそ、お兄ちゃんの力になれるように





―あたしは、絶対にお兄ちゃんの事を覚えてる。

―もし、少しの間忘れさせられちゃっても、絶対におもいだすよ

 振り返り、にこりと笑うナコ。

 目からはまだ涙の跡が残っているが、少女のものとおもえないほど、しっかりとした目だった。

 すぅ、とこちらへ向け、差し出される右手。

―あなたは(あたしは)?













 景色はそこで途切れ、精霊は鞘に収まったままの剣の中、目を覚ました。

 寒さで満たされた、変わらない暗闇。

 実体なき体だが、頬を涙が伝っているのを感じてごしごしと拭う。

 悲しくも、嬉しかった夢・・・

 蓄積され続けている氷のマナの奔流の中、その身を凍えさせる寒さはより増していくばかり。

 精霊は、ふと、自分の手を握った。

 精霊はその握った手に、あの温かい感覚がまだ残っているような気がした。

 それが無性に恋しくて、その感覚を無くしたくなくてぎゅう、とより強く握りしめた。

―あたしは・・・思い出したよ・・・

 そして、精霊は心の底から願った。

 願って、願って、願った。

―また、会いたいよ・・・

 そう口にした時だった。







 精霊はふと気づいた。

 外の様子は相変わらず見えないが、なにか騒がしい。

 というより、自分を持ち上げられている久しい感覚さえあった。

 困惑する精霊。

 しかし、期待は持てなかった。

 この剣を覆う鞘には封印が施されていて、常人では抜くことさえ出来ない。

 それに、もし抜いてもらったところで、また・・・


―・・・しゃがんでろ!!


―え・・・?


 声が聞こえた。

 それが自分に向けられたものでない事くらいはわかる。

 だが、その声に、胸の中から何かが弾むような感覚があった。

 自身の柄に掛けられる手。

 そこから感じる温もり。

 あの実験の最中はどの人にも、触れられる事さえ嫌だったのに、何故かこの手には離れてほしくないと思った。

 精霊は、固く握り続けていた手を解き、考える間もなくそれに手を伸ばしていた。




 鳴り響く、鎖がはじけ飛ぶような音。

 自らを凍えさせ続けた氷のマナの奔流が、ずっと探していた出口に押し寄せるかのように吹き飛び、自らを縛っていた鞘から抜き放たれる。

 ずっと閉じ込められていた暗闇に光が差し、世界が開けた。




「いい剣だ」



 月明りの下、そう言って自らの刀身の先を見つめている紅いマントを羽織った男がそこにいる。

 冷気を含んだ風があたりの草木をまだ揺らす中、その横顔をみて、剣の中の精霊は目を疑った。


 黒に限りなく近い青い髪、青い瞳。


 夢でみたあの顔だった。



 精霊は、剣の中で再び涙した。

 夢で見ていたより、いくらか目つきが悪いようにも見える。

 しかしあの人に、間違いないと。

 さっき聞こえた声も顔も、似ているのではなくあの人そのもの。

 なにより・・・

 恰好は異なっていても、あの夢の中で握ってくれていた〔温かい手〕が、そこにあった。

 その手から感じる温度自体は、実験の時触れられた男たちよりも少し冷たい。

 でも、あの場にいた誰よりも、温かくて、優しかったあの人の手だった。




―お兄ちゃん―



 その言葉が頭を過り口にしそうになるが留まる。

 本当は、すぐにでもそう呼びたい。


 でも。

 あんな思いをさせてしまったこの人にどう伝えたらいいのだろうか。

 この人は、「また」時間をくれて、「また」手を握ってくれた。

 だからもう、悲しませたくなんかない。


 今はただ・・・



―あたしは、この人の力、この人の剣になりたい!!




そう思った時、精霊は、初めてこの依り代である剣から外へと飛び出した。

今、自らの形を成しているのは精神体であり実体ではないのだが、まるで今、この世界へ生まれ変わったかのような感じがした。

精霊武器としてこの世界で目覚め、初めて感じた〔外〕の世界。

あの約束をした人が、今、ここにいる。

なんとか止めたのにまた流れそうになる涙と、口の端が上がりそうになるのを我慢しつつ、ずっと探して求めていたその横顔へ問いかける。






―褒めてくれるのは嬉しいけど・・・誰?













余談。


 昨晩契約を交わしたウェルスと、それに同行しているエルニアが目的地に向かって歩く中会話している。

 どうやら、この街道を南に下って行った所にある街に向かっているらしい。

 この世界には時折異世界からの来訪者がいる事は知識として持っているし、夢、もとい記憶から知っていた通りウェルスも異世界からの来訪者らしいのでエルニアとの会話に特にそういった話題が出るのもわかるものの・・・



「へえ・・・実はそんな事言って元いた世界ではどこかの国の王子さまでしたー、なんて!」

 エルニアがウインクしながら冗談っぽくそういった時、ミネルはウェルスが思い浮かべた情景が垣間見えていた。

 とても大きな王宮で、正直どんびきするくらい派手な衣装に身を包み、とんでもないほど贅沢していそうな生活風景の中で、自分より高いところから見下ろしながら受けた話の内容を鼻で笑い、兵士に槍を向けさせ更に大音量で高笑いしている「いやな」王子様っぽい人が・・・

 その光景に。

(あれ・・・こんな話どこかで・・・)

 そう考えた時、ウェルスの中からどす黒い感情と共に青筋を浮かべているウェルスの顔があった。


「あの時もう2、30発くらい、いや塵一つ残さないようにありったけ魔法ぶち込んでおくんだった」

 小さな声でつい呟く。


 そして続いて浮かんでくる、その王子様をぶん殴って吹っ飛ばし、王宮ごと破壊しつくす勢いで暴れまわっていく光景・・・


(ぜ・・・絶っ対間違いなくこの人お兄ちゃんだあああああ?!!!)

 明確な証拠は無くとも、感じたその温かさに当人は既に間違いないと信じていたのだが、

出会って丸一日も経たずして確固たる情報を得てしまい、ウェルスの左肩に乗るミネルは唖然としてしまうのだった。


「剣に愛されし旅人」 Fin






                    


管理人:紅衣のうぇるさん(ウェルス)
性別:男

主な活動内容
・各種オンラインゲームプレイ
・2次創作系小説作成
・他、動画作成やら色々やりたいと
 思案中。

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