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 それからまた、ナコの視点に戻った。

 毎日のように丘の上に通うナコ。

 そしてあの岩の上に腰かけている男。



 持って行ったパンを一緒に食べる。

 眠っているところを驚かそうとして反撃される。

 雨の中行ってずぶ濡れの男に怒られる。


 時々、男はあの光景を思い出してしまうのか、顔を伏せる時はあるものの出来るだけ同じように接しているようだった。

 ただ、同じ形に沿うのではなく、男自身、あの時を取り戻したいかのように。


 そして、あの村が襲われた前日にあたる日。

 男は森を一面見わたしてはいたものの、あの時のように明日、ここへナコが来ないよう言う事は無かった。

 分かっている。

 確かにあの一つ目の鬼は、既にこの男が倒してくれている。

 ナコの目を通してみていても、森はあの時より穏やかに感じた。

 それでも、男はずっとここで警戒しつづけながら、同じ日々を一緒に送ってくれた事を。 

 男は安堵したのか、ぽん、と頭に手を置いてきて、穏やかな表情を見せてくれた。

 その温かい手に、ナコも精霊も、嬉しい気持ちになって笑い返した。



「それじゃお兄さん、また明日―!」

「・・・ああ、また『明日』な、ナコ」
 
 日が沈みかけ、別れる際。

 ナコは彼の呼び方を変えては無かったが、男は気にしないようにしているようだった。

 彼は、少なくとも明日その日まではここで警戒を続けるのだろう。

 でも、その後は?と精霊は思った。


―どちらにしても俺はもう・・・―


 前のこの日、かすかに聞こえた声が思い起こされる。

 丘を駆け下りていくナコの視界。

 ふと振り返った時、腰に手を当てこちらを見ていた男が気付いたのか手を振っていた。

 その体には、「このナコ」が最初に出会った時に受けたもの以外、傷は無い。

 男の様子からしても、恐らく明日は何も起こらない。

 それに、もし同じような襲撃が起ころうとしても、この男はあの時とは比べ物にならない程強い。

 しかし、穏やかな表情のはずなのに、どこか顔色が悪いような気がした。




 途切れる景色。

 信じてはいても、またあの凄惨な光景が映るのではないかと精霊は心配した。


 しばらくの暗闇の後、映る光景。

 そこにあったのは、見たことのある木の天井だった。

 しかし、体が熱くてとても重い。

「おお、おお!目がさめたかナコ!」

 かすれた景色の中、若干籠るような感じがするが傍から声が聞こえた。

「おとー・・・さん・・・?」

 顔を向けると、髭を生やした優しそうな男、何度も見た事のあるナコの父親の顔がそこにあった。

「ああ、そうだとも・・・」

 ナコは病気かなにかにでもかかったのだろうか。

 余程危険な状態だったのか、答えたナコの声に父は涙を浮かべ喜んでいた。

「ありがとう・・・!君が取りに行ってくれた薬のお陰で、この子は目を覚ましてくれた!」

 父が向いたほうへ顔を向けると、まだはっきりとはよくはみえないがあの男がいた。

 体は雨に打たれたのか濡れており、渡されたらしい布で軽く拭いていたが、体のあちこちには傷が浮かび血まで流れていた。

「本当に、本当にありがとう・・・!」

 男の手をとり、何度も頭を下げる父。

 このお礼は必ず!と言うが、男は空いた手で制する。

「そんな・・・気にしないでください。昨日言った通り、近くの森で魔物が見かけられたという噂を聞いて警戒している間、娘さんがよく話し相手として来てくれてました。その礼を少しでも返せればと思ったんですが、助かって良かった・・・」

 そういえば父とは初めて会ったのか、男はいつもの口調を変えて話していた。

 初対面の大人に対してだからそう接しているのだろうとは思うが、精霊はその違和感に笑ってしまいそうだった。

「うむ・・・娘からも君の事はよく聞いていたよ。当初他の子ども達があの森に入ろうとしたら剣を持ったみかけない男に止められ追い返されたと、親御さん方を通じて連絡が入っていてね・・・平和だし木の実を拾いに子どもくらいしかいくことのない森だったから自警団を任せられている身として問い詰めようかと思っていたのだが、ちょうどその日にナコが君の事を話し出して必死に止められてしまった・・・」

 それでも行こうとしたらおとーさんぜっこーとまで脅されて・・・と当時の事を思い出したのか震えてる父。

 大して男はナコがいなかったら色々面倒な事になるとこだった・・・と鍛えられている父の体を見て、苦い顔をしながらぼそりと呟いていた。

 ナコもその二人の様子に笑いそうだったが、息苦しさからうまくできない。

 男がナコの様子に気づき、傍によってかがむ。

「大丈夫か、ナコ」

 手を伸ばし、額に当てる。

 その手は、ひんやりと感じた。

 雨に濡れていたせいだけではない。

 この男の手は、他の人より少し冷たいというのを、精霊も初めて触れられた時から知っていた。

 それでも、ひんやりとした感触なのに、温かく感じた。

 嬉しくなって、精霊が伸ばそうとしたように、ナコの手がその手を握った。

「お兄さんが・・・たすけてくれたの・・・?ありがとう・・・」

 男は困惑していたが、そのまだ力がはいらず震えている手を、もう片方の手で上からぎこちないながらも握った。

 何か、男はいいかけたが硬く口を閉じ、そのまま何もいわずナコの手を額から下ろさせたが、握り続けていた。

 額と手から感じる心地よさに、熱と体の重さからくる辛さが和らいでいくように思えた。

 眠くなり、閉じられる瞳。



 そこで、また一度途切れた。






 次に見た時には、見える光景ははっきり、鮮明に見えていた。

 時刻は夕方頃だろうか。

 体はまだ重いものの、少し熱も引いたようだ。

 上体を起こしていて、窓際に置かれた椅子を傾けながら座っている男に目を向ける。

「ね、お兄ちゃん」

 外を眺めながら何かを考え込んでいたらしい男は、その呼び方にバランスを崩し危うく倒れかける。

「あっぶな!ったく・・・いきなり呼ばれ方変わったら驚くだろ。昨日まではお兄さんと呼んでたのに」

 難しい顔をする男。

 精霊にとってもそれは複雑な思いだった。

 前のナコが、そう呼んで別れた日が最後となったのだから。

「えへへ・・・だってお兄ちゃん優しくてあたしと一緒にいてくれて、ほんとのお兄ちゃんみたいなんだもん」

―兄弟はいないけど、もしいたらお兄ちゃんみたいな人がいいもん。優しいし!

 思い起こされる、あの言葉。

 それは男にとっても同じなのだろう。

「優しい・・・か。俺はそんなんじゃ・・・いや、何でもない。さて、少しあの森を見てくるとするよ」

 そう言って立ち上がる男。

「ね、おとーさんも言ってたけどお兄ちゃん、今日もご飯食べないの?どこか体悪いなら今日は行かなくても・・・」

お兄ちゃんがあの森の事解決してくれたんだし・・・というが、男は振り返らず大丈夫だといって扉に手をかける。

「ちょっと食欲があまりなくてな・・・森に行くのは念の為だ。自警団の人も定期的に見に行くようにしたらしいが、一応な。夜には戻って来ているから、おとなしく寝とけよ」

 元々荷物も無く、精霊は知っているがあの時破損した剣は回収したものの、もう使えないのは知っているようで、でも雑に捨てるようなことは無くきれいに拭かれた後この家の倉庫に置かれている。

 同じ武器として、それは嬉しいものの、男は完全に手ぶらという事である。

 だが精霊もナコも、他に心配する事が出てきた。

 扉を開いた瞬間、ふらつく男。

 声をかけるよりも前に踏みとどまり、そのまま出て行ってしまった。
 
「お兄ちゃん・・・?」

 彼は、あの薬を届けてくれた日以来、父の好意でこの家で寝泊まりしてもらっている。

 しかしその話を最初に提案した時、ナコが傍にいてくれないとやだと言い、制しようとした父にはれいの必勝の呪文、「おとーさんぜっこー」にて、「そこまでか?!」とあっさり折れてしまった。

 一部の人にはどんな攻撃系魔法より致命的な威力を持つのではないだろうか・・・

 しかし、男はこの家に泊まる事自体、頑なに断ろうとしたので、ナコが半泣きで縋ってきたのと、ナコからは見えにくい角度で「娘を泣かせたら絶対許さん」というオーラと鬼の形相で見ていた為らしく、渋々その椅子を使う事と、ベッドの傍の床で寝るという形で男は受け入れてしまい、現在に至る。

 だが彼は、毎日夕方頃にあの森へと足を運び、そして、この家で一度も食事をとろうとしなかった。

 どこかで食べてきているのか聞いても、彼は適当にはぐらかすだけ。

 それに、本人は顔に出さないようにとしているのだろうが、どう見ても弱ってきているように見えた。

 そして、精霊にとっては見間違いなのかしれないが、時折、男の姿が「ブレて見える」のだ。

 まるで、この光景の中から消えてしまうかのように。













「お兄ちゃん、あちこちを旅してたんだよね」

 また、窓の外を眺めながら考え込んでいる男に声をかける。

「まぁな・・・」

 どこか気だるげにそう答える男。

 だがそれが不機嫌からくるものでないことは分かって続ける。

「何かお話してよ」

 ナコの言葉に顔を向ける男。 

 精霊も、それにはわくわくしていた。

 前のナコの時から、そしてこうしている間にも、もっとこの男の事を知りたいという想いがあった。


 しばらく考え込んでいたようだが溜息を吐き、体を向ける。

「・・・どこの誰がつくったのかも忘れた、つまんない『作り話』でいいならな」

「ありがとお兄ちゃん!」






 そして男がしてくれたお話。

 それは、大きな剣を背負ったとある旅人が、ある国の村を訪れた際、その村が翼竜、ワイバーンと呼ばれるものの群れに襲われていたのを助けた所から始まる。

 空飛ぶワイバーンに剣は届かないが、旅人は氷・・・いや炎で次々と撃ち落としていったという。

 村人達は旅人に感謝し、持て成された。

 その旅人の事は噂となって風のように王都まで届き、その手腕から実際の政治を任されているという王子の耳に入り旅人は呼ばれた。

 そこで王子は、この国がワイバーンを手先とするドラゴンによって危機に陥っている事を旅人に告げる。

 そして、どうかそのドラゴンを倒してくれないか、と頼み込んだ。

 旅人はあまり、乗り気ではなかったが、修練のついでならいいかと請け負ったという。

 流石に旅人一人にいかせるには、と自らの抱えている精鋭の兵士から30人程、強引につけられ出発する旅人。

 しかし、王国お抱えの兵士。この国の武力の面で上の地位にある彼らは、どこの馬の骨ともしらない旅人の事が気にくわなかったらしい。

 出発して5日目の夜。

 森の中で夜も深くなった頃旅人の使っていた天幕に剣を持った彼らが押し入ろうとしましたが、そこはもぬけの空。

 途端に彼らの周囲からぴきぴきという音がなり、揺れたかと思うとなんと彼らのいた付近の地面が切り取られたかのごとく動く。

 なんと、「不運な」事にそれは川の上に張られ、土がかぶっていてカモフラージュされた氷の上だったという。

 そしてその大きな氷の板は一瞬で粉々となり、あわれ、旅人を襲おうとした兵士達30人はあえなく山の麓まで流されてしまい脱落したという。

 「たまたま」木の上で寝ていた旅人はそのまま一人で山の中へと入っていき、時にワイバーンの群れと戦い・・・

 そんな感じでなんやかんやあって・・・


「・・・そして旅人は、ドラゴンとの激しい戦いの中右腕を噛みちぎられながらも倒し、王子の要求していた通り、ドラゴンを倒した証としてその角を持ち帰り、王宮へと辿り着きました。

しかし、広間についた時王子はそこにいた兵士達で旅人を囲ませ、槍を向けさせました。

高笑いしながら、ご苦労、これでわたしはドラゴンから国を救った英雄として永遠にこの国に名を刻むのだと言いました。

なんと、旅人が倒したドラゴンは、大昔にこの国の辺境へ封じられていたもので、しかもそれを呼び起こしたのは、他でもないこの王子だったのです。

この国が成り立って以来、封印する事しかできなかった先祖代々を鼻で笑い、ドラゴンを目覚めさせ、うわさを聞き付けた力ある者に狩らせて自分の功績にしようと。

王子は、その栄誉が欲しいが為に、辺境の村がドラゴンに襲われようと、どうでもよかったらしい。

旅人はぶち切れました。

人々をいじめていたからではありません。

ただ、目の前に王子の笑い声が、心、底!耳障りになったからです。

旅人は一瞬にして、王子の目の前に現れ、いつの間にか赤い手甲をはめた左手でその顔面を思いっきり!ぶん殴ってやりました。

泡を吹いている王子の襟元をつかみ、ずるずると引きずりながら出ていこうとすると兵士達が向かって来ようとしますが、王子の考えをしっていたその兵士達も同罪。

王子から一度手を放し情け無用と旅人はその手から魔法を討ちまくりました。

終わった時には、王宮の一部は全壊。兵士達は全員気を失い、王子に至ってはズタボロになって転がっていました」

 机の上に置かれていた木のコップを手に取り、水を一気に飲み干す男。


「あの時もう2、30発くらい魔法ぶち込んでおくんだった・・・!」


 男は無意識なのかぼそりと小さく呟いたのだが、目の前のナコはそれをしっかり聞いていた。

 ビキリ、という擬音が似合いそうなほど、額に青筋が浮かび上がり、その手に握るコップはみしみしと音を立てている。

「お、お兄ちゃん・・・コップ・・・」

「・・・おっと悪い、『関係ない別の事』思い出していた」

 ナコの声にコップから手を放し、なんでもなかったかのように振舞うがナコも精霊も苦笑いで返すしかなかった。


「えーっと・・・そうそう。

旅人を怒らせてしまった王子様。

その顔はトマトのように腫れてしまい、もとの顔とは別人です。

さらに追い打ちのごとく、転がっていた瓶の中に入っていたインクをその頭からぶっかけ、金色の髪ごとそのお顔を真っ黒にしてしまいました。

ことの顛末を陰で見ていた王様たちは、腰が抜けてしまい、あまりの惨状に唖然とする他ありません。

旅人はそのまま王子の首根っこをまたつかみ引きずっていき、王宮の前、人々が騒ぎに気付いてあつまっていましたがその前に放り出しました。

その額に貼られた紙には、殴り書きでこう書かれていました。

「ドラゴンを呼び寄せた元凶、皆さんご自由に」と。

人々はその悲惨なものに困惑しましたが、ボロボロになっているとはいえ、いつも着ていたのと同じ服を見てこれが王子と気付きました。

ですが、元々この国の、根回しして王様たちには見えないようにした上で行われていた、王子による理不尽な圧政・重税、そして更にドラゴンによって苦しんでいた民衆はその原因もこの王子だと知り、ぶち切れました。


そして皆は気付きました。


顔は、どうみてもあの高慢な顔ではありません。

髪も、インクのせいで真っ黒。

どうみても、その外見は王子ではない・・・

みんな、にっこりとして、遠慮なく、みんなで『お礼』をしました。

それからしばらく、王宮はガラクタのお山となり、新しい王様が民衆の中から選ばれました。

旅人はというと、そんな話を道端、すれ違った男達がしているのを背中で聞きながら、左手に持っていたドラゴンの角を池に向かって蹴り飛ばし、『・・・くだらね』と呟きその国から去っていったのでした」

 ふぅ、と一息入れて最後。

「・・・終わり、と」

 目を開いた男は、ナコの顔を見て驚いていた。

 精霊にもわかる。

 ナコは今、わぁという声を上げながら目をきらきらさせている。

「おい・・・こんな作り話なんか、面白かったか?」

 結局、最後まで話してしまったがと難しい顔をしている男。

「うん、すっごく!!ねね、聞いてもいいかな?」

「ん、なんだ・・・作者は俺じゃないから詳しい事は・・・」

「その旅人、お兄ちゃんでしょ」

「・・・え?」

 最後のほう、「くだらね」といったのはどこからどう聞いても地の声。

 つい呟いてしまったのを隠すために無理やり言葉を繋げたのがばればれだ。

「・・・これでそう見えるか?」

 ひらひらと右手を振っている男。

 あの化け物の針から守ってくれた時から知っているが、義手でもなんでもないちゃんとした腕だ。

 その理由については精霊にももう心当たりはあるのだが、あはは・・・と苦笑いしているナコも同じ思いだろう。

 これ、絶対ほんとのお話だ・・・と。


「じー・・・」

「いや・・・じー・・・といわれても」

 まっすぐ向けてくる目に泳ぐ男の視線。

「やっぱりその旅人さん、お兄ちゃんだよね」

「・・・いや・・・・」

「お兄ちゃん」

「・・・」

そっぽを向いてなにもない窓の外へ顔を黙ったまま向けてしまった。

「・・・ドラゴンに噛まれると痛い?」

「誘導しようとすんな?!」

「えへへー」








 彼は、少し外に出ていくことはあっても、一日の殆どを一緒にしてくれていた。

 次第にふらつくことが多くなり、時に頭が痛いのか手で押さえようとしても止め、隠れて顔をしかめている事があるようになっても。

 まだ、体はあまり動かないけど、手を伸ばすと、彼は何も言わずその手を取ってくれていた。




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管理人:紅衣のうぇるさん(ウェルス)
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・各種オンラインゲームプレイ
・2次創作系小説作成
・他、動画作成やら色々やりたいと
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