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あの叫びから、一体、どれだけの時間暗闇が映っていただろう。
再び、映った景色に、精霊は驚いた。
嗅いだことのある風の匂い。
感じたことのある陽の光。
見たことがある草原の中続いていく道。
その中を歩いている。
そう、あの時の「ナコ」の視点だった。
丘に差し掛かり、見上げるナコの視点。
その先、頂上にある岩の上に「彼」はいた。
首をかしげ、うーんとしばらく唸った後上っていくナコ。
まるで、時が巻き戻って、また同じものを見せられているのだろうか。
だが、そうではない事に気づいた。
岩の傍に差し掛かった時、その身程の長い剣を脇に抱え俯いていた男が顔を上げ、こちらを見たのだ。
その目は、あの時の同じ人のものと思えない程、疲れたように、光を失った目だった。
そして・・・決定的な事が起きた。
その目がナコに向いた瞬間、男は、信じられないものを見たかのように目を見開き、固まっていた。
傷跡はどこにも見当たらない。
剣は持っていても他に荷物もない、あの時と全く同じ。
それでも男の様子から精霊は思った。
この人は、ナコの事を知っている・・・?と。
「えと・・・どうしたのお兄さん?」
ナコの言葉にはっとしたかのように男は一度目をつむり、再び目を開けて見てきた。
「いや・・・なんでもない・・・ちょっと知っている子に似ていた気がしたんだが、人違いだったみたいだ。ごめんな」
「へぇ、そうなんだ!あ、お兄さんって冒険者さんだよね、『はじめまして』!あたしナコ!」
男はナコの言葉に顔を伏せ、何かをいいたそうにしたが一度口を噤み、絞り出すように口を再び開いた。
「・・・ああ・・・『はじめまして』・・・俺は――――だ」
伏せた顔は見づらかったが、そういった男は、辛そうな顔をしていた。
「この先に、何か用事か?」
男が丘の向こうへと指をさし、それに視線がついていくと、その先、丘を下った先にあるのはあの森。
「うん!森の入り口あたりにおいしいきのみがあって、とってきてパンにしてもらうの!」
「そうか・・・」
男がこちらから目を離し、森の方を見ながら腰を上げる。
「・・・楽しみにしているところ悪いけど、そこから先には行かないほうがいいぞ」
そして、その後起こった事は、あの時とほとんど同じだった。
ただ、違うのは男が左腕を突き出し、最初に魔法を放とうとして何も起こらなかったあの時と同じ場面で、男は何も口にせず、その手から目に見えぬ速さ何かが撃ち出され、あの獣の頭部を打ち抜いていた事だった。
男に抱き着くナコ。
その頭に、置こうとしたその手が一度止まり、迷っていたようだがしばらくしてぽん、と置かれた。
そして、別れ際になって、その光景にノイズが走った。
だが、今度は暗転せず、同じその時を映していた。
違うのは、今度はまるで第三者から見ているような視点に変わった事。
それがわかったのは、男と、村に向けてかけていくナコの姿があったからだ。
しかし、この時、あの場所には、男とナコ以外に誰もいないはずだ。
何故、精霊がそう思った時、男はナコの背中が見えなくなったのを確認したのか、再び立ち上がり、剣を握りしめる。
「・・・あの時から何千回も嫌なことがあったせいか、ここに来てからずっと見覚えはあったのにいまいち記憶がはっきりしなかったが・・・やっと完全に思い出した」
その目にあるのは、あの火に包まれた村で空に向けて叫んでいたあの憎しみのような目だった。
森に向けて丘を駆け下りていく男。
映る視界は、まるでそれを必死に追いかけていくように付いていっていた。
森の中を、あの男が走っていく。
木々が陽の光を遮り、どこまでも続く薄い暗闇の中、そこかしこから咆哮が上がり、あの化け物達がいたるところから飛び出し男に向かっていく。
この視界を持っている者が、まるでそこにいないかのように、化け物達は全くこちらへ意識を向けることもなく。
「邪魔だ、『針犬』ども」
紅いガントレットに包まれた手を化け物達に向けた瞬間、その額を次々と「何か」が貫き、霧散させていく。
そしてそれでは捌ききれなかった化け物が、男にその牙を突き立てようとするが、両手に握りなおした剣でその体を一瞬にして両断してしまう。
走り続けているのに、ほとんど息を切らさないままひたすら森の奥へと走っていく男。
先ほど、ナコを守るように受けた傷から流れる血の匂いを嗅ぎつけているのか、まるでこの森に潜んでいた化け物すべてが襲い掛かってくるかのように次々と現れては、男は表情を変えないまま、ひたすら斬り伏せ、貫いていく。
その力、あの村で血に濡れ全身に傷を負っていたあの時のものと比べても、異常なものだった。
森の奥から轟く、化け物達とは違う咆哮。
聞いた男は、口の端を歪ませた。
「よう・・・『久しぶり』だな」
その言葉に答えるかのように、森の奥から姿を現した巨躯。
あの村を襲った一つ目の鬼。
「とは言っても『お前』は知らないんだろうけどな・・・だがようやく『またこの世界』に来れた上に思い出したんだ・・・」
肩にトントンと剣を当てながら目を閉じる男。
映る光景にまたノイズが走り、口から血を流し動かなくなったあのナコを抱き寄せていた光景が一瞬映り、またもとに戻る。
「指定された時はまだ先・・・指示違反だが、思い出した以上」
すぅ、と目を開け、左手を向ける男。
「一匹も残さない・・・全て滅ぼす・・・!!!」
刹那、その手から放たれる何か。
それは次々と鬼の肩、胸へと突き刺さっていく。
深く、突き刺さっているのであろうそれに、男の腕から放たれた物が何か分かった。
あの、男が使っていた魔法、アイ・シュートによる氷塊より細いが、鬼の体に突き刺さるほど鋭利で透き通った氷柱だった。
「グ、ガァァアアアアア?!」
叫びをあげる鬼に、静かに左手を下した男の目に、精霊は怖い、という言葉と共に、確信した。
間違いない、ここに立っているこの男は、あの火に包まれた村で心からの叫びをあげていた、あの人だと。
「『アイ・シュート』から単純な破壊力の代わりに速射性、貫通力、弾速を極限まで発展させた上に無宣言発動化を適用した、『アイ・バレット』。これを生み出すきっかけになったのも・・・お前だったな・・・」
鬼に向かってゆっくり、一歩、一歩と近づいていく男。
負わされた傷と、男の殺気に怯んだ鬼は、あたりを必死に見回し、目についた太い枝をへし折って咆哮を上げ威嚇する。
それには構わず、歩みを止めない男。
「このまま、今の魔法にガトリングの要素を適用したやつでハチの巣にしてやってもいいんだが・・・」
鬼まで数メートル、鬼が一歩踏み込めばその手に持つ枝が届く距離で男は立ち止まり、すぅ、とその手に握る剣先を右下に構えた。
「あいにく、それじゃ『あの時』の挑発分、俺の気が収まらないんでな」
踏み出す男、その動きは早く、咄嗟に振り下ろされた枝よりも内に踏み込んでおり、その横腹を斬り抜ける。
だが、その傷は浅い。
ビキリ、と音を立てひびが入る剣。
ここまで、何十匹とあの化け物を斬り伏せてきたのだ。
切れ味は当然落ち、耐久性も限界を超えていた。
鬼は今の斬撃に対して痛みを受けていなかった様子で、剣から発せられた音に勝利を確信したのか、にたり、と口の端を歪ませた。
振りかぶり、男に向けて下す右の拳。
「と、思ったか?」
男は一歩、姿勢を低くしながら踏み出し、鬼の拳を躱しつつ。
一閃。
鬼の手首からは黒い血が噴き出し、どくどくと流れていく。
鬼にも、今、何が起こったのかわからない様子だった。
何故、自分の手首から血が溢れ流れているのかと。
遅れてきたのであろう、痛みに絶叫を上げ、パニックに陥っているのか暴れる鬼。
鬼の背の方へと抜けていた男の右手には、そこに今まであるはずのなかった剣があった。
青く透き通り、冷気による霧がその周りに纏う氷の剣。
その刃に、精霊は目を見開いた。
精霊にはわかる。
あの剣は、物質的な物を一切使用していない、氷のマナによってのみ形作られたものだと。
「サービスだ、今度はそっちから来いよ」
左手でちょいちょいと指を曲げ、鬼を挑発する。
まだ痛みに半ば錯乱している鬼だったが、男の行為に怒りの咆哮を上げ、枝を振り下ろす。
それに対し、右下段から氷の剣を両手で握り、振り上げる男。
無謀な行為だった。
あの氷の剣がどれだけの切れ味を持っているのかはわからないが、鬼の持つ太い枝と打ち合って、打ち勝てるはずがない。
しかし、この場には似つかわしくはないギュイイイイイイ!という音を立て、鬼の振り下ろした枝が剣に触れた所から細かな木くずとなって削れていき、両断されたではないか。
「どこの世界で見たんだっけな・・・チェーンソーってやつを応用した技だが使い心地はいまいちだな」
そう言って眺める氷の剣の刀身、それに沿うように柄から細かな氷の刃が無数に連なり、回転しているかのようだった。
驚き、手に握っていた枝を捨て去り細い枝や太い枝構わず掴んでは男に向かって投げつける鬼。
それに対し再び耳障りな音を立てるその剣を振ろうとしたが、刀身にそって走っていた刃にブレを感じやめた。
「くそ、複雑な制御は追い付かないか・・・ダッシュ・ブースト」
男の声に、右足の下に光が浮かび、弾かれるように男が宙に飛ぶ。
「重式・・・!」
手に握る氷の剣から無数の刃が消え、かわりにその刀身へ冷気が集い、それまでより一回りも二回りも太い刀身となって振り下ろされる。
とっさに、左腕を頭を守るように上げる鬼。
衝突の瞬間、あの切れ味はそこにないものの、その重さからか鬼の腕を砕き、断ち切った。
その腕が地に着くよりも早く、着地した男は距離をとった。
精霊から見ても、優劣は明らかだった。
鬼は、残った右手ももはやまともに使えない。
対して、男は無傷だった。
鬼は、全身を支配する痛みと恐怖に後ずさり、木を背にして目を見開いている。
「あの時・・・ここまで鍛えられていれば・・・」
もはや、戦う意思の無いおびえているその姿に、男は目を伏せ、ギリ、と血が滲む程強く剣を握る。
動かない男に、鬼は背にしていた木から離し、森の奥へと向かって走り出そうとするが。
「おい・・・逃がすと思うか」
あたりを凍り付かせる程、一気に膨れ上がった殺気に、鬼は足が止まり振り返ってしまった。
「もう一つ、お前がきっかけで用意しようとしてたとっておきがあるんだよ・・・見ていきやがれ」
そう言って、剣を握る右手を左手のガントレットにあてる。
「アイ・バレットを左腕に装填・・・同じ処理を上限設定無しで高速リピート、連結開始・・・」
男の言葉に合わせるように、紅いガントレットをはめている左手から一気に膨れ上がっては収束していく光。
「装填数400・・・500・・・っつ!!!」
光に一瞬ゆらぎがはいり、苦痛に顔を歪ませる男。
「エラーの入った式を・・・強制排出・・・!空白を詰めた上で再度リピート、連結!」
男が何をするのかはわからない。
しかし感じたのであろう。
絶対的な死というものを。
全身から汗をふきだしながら、男へと突進していく鬼。
その様子に、にぃ、と口の端を歪ませる男。
「装填数5000・・・圧縮処理、起爆形式指定完了・・・またせたな・・・!」
右足の下が光り、男が駆け出すと同時にその体を弾くように鬼に向かって弾き飛ばす。
まだどくどくと血が流れる右手を、男に向かって振り下ろす鬼。
「これが・・・数百、いや数千年分・・・お前にぶち込む為に用意してやったとっておき・・・」
突き出される左手。
その先に現れる、青き光。
「インパクタァアアアアアアアア!!!!」
鬼の手が男に届く直前、青き光が爆ぜ、鳴り響く爆音。
まるで、巨大な杭に穿たれたかのようにその胸はめり込み、そこを中心として鬼の体を瞬時に凍らせていき全身を覆うと共に粉々に砕け散っていった。
「借りは・・・返したぞ・・・ぐ、うううう!!!!」
突然膝をつき、ガントレットの消えた左手を握りうずくまる男。
その腕には、いくつもの裂傷が浮かび上がり血を流していた。
「く、今の術式をスキルメモリーに記憶・・・ったく、ぶっつけで動いたのはいいが・・・細かいところ調整しないとまともに使えない・・・な」
ごろり、と地面に転がり、空を見上げる。
森を埋め尽くしていた気配が消え去ったせいか、差し込んでくる木漏れ日が心地よく感じられた。
「めちゃくちゃいてぇ・・・・」
険が取れたその声に、精霊は駆けつけられないか、とも思ったが、まるでその意思をくみ取ったかのように視界が近づいていった。
まるで、覗き込むように男の顔を映しているが、男はこちらに気づいていないようだった。
しかし、その顔は、かつて見たあの穏やかな顔だった。
「仇はとった・・・いや、違う・・・これは俺の為、『我儘』だったな・・・」
自虐を含んだかのように、乾いた笑い声を上げる男。
男が無事だったのには安心したが、精霊はその姿に言葉にならないもやもやとしたものを感じていた。
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